プレスリリース
2022-03-22
北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの内海俊介准教授,安東義乃学術研究員が参画する国際共同研究チームGLUE(Global Urban Evolution Project)は,都市化が地球規模で生物進化に影響を与えていることを明らかにしました。人は地球環境を大きく作り変えています。なかでも,地球上で最も環境改変が進んでいるのは都市です。今回の研究では,地球規模で,気候帯も異なる様々な都市において,平行的に類似した進化が繰り返し起きているのかという問いについて初めて検証しました。5大陸・26か国・160都市で,都市環境と約11万個体のシロツメクサを分析した結果,世界中の都市の環境条件は,近くの郊外よりも地理的に離れた都市間でよく似ており,シロツメクサはしばしば類似したパターンで進化していることが明らかになりました。シアン化水素を生成するシロツメクサの性質は,植食者への防衛や乾燥ストレス耐性に貢献しますが,多くの都市でこの性質が喪失していく進化が起きていました。シロツメクサという身近で世界中に存在する植物から,人々の暮らす都市が生命の進化のありかたを変える決定的な証拠が得られました。
本研究成果は,2022年3月18日(木)公開のSCIENCE誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
都市は地球規模で植物の進化を促す~国際共同研究チームによる検証~(PDF)
2022-03-14
北海道大学北極域研究センターの安成哲平准教授,同大学院工学院修士課程の若林成人氏(研究当時),同低温科学研究所の的場澄人助教,名古屋大学の松見 豊名誉教授(宇宙地球環境研究所)らの研究チームは,パナソニック製の小型PM2.5センサーを搭載した,寒冷地でも動作温度環境を自動で保つことが可能な自動温度制御断熱ボックスを開発しました(以下,PM2.5測定装置)。室内及び低温室における動作確認・検証実験や,冬季札幌・夏季アラスカでの現地観測による,現地の独立したPM2.5観測データとも比較検証を行うことで非常に寒冷な環境や,森林火災のような高濃度PM2.5環境下においてのPM2.5測定にも,開発した装置が十分実用的であることを確認しました。
北極圏では,夏季森林火災から冬季気温の逆転層形成による大気汚染まで,通年を通じてPM2.5の測定が求められていますが,これまでは厳冬期の観測が非常に困難でした。本研究で開発した寒冷地仕様のPM2.5測定装置は,温度コントローラーの設定温度より少し低くなると,装置内部がヒーターで自動で温められ,外部が極寒でも内部をPM2.5センサー動作環境に保つことができるため,冬季や通年で寒冷な場所でPM2.5観測を安定かつ継続して行うことが可能になります。また,開発実験では,防水ファンによる強制通風が必須であることがわかりました。北海道大学低温科学研究所の−25℃の低温室実験では,ヒーターが正常に動作し,通風口2つの条件で内部の温度環境をプラスに保つことができることも確認しました。さらに,2019年2月に北海道大学工学部屋上で観測を行い,環境省国設局「国設札幌」で測定されたPM2.5の1時間値(確定値)の変動と比較したところ,本研究のPM2.5測定結果の1時間平均値と変動が整合的であることも確認できました。2019年6月からは,アラスカ大学フェアバンクス校(UAF)国際北極圏研究センター(IARC)に同PM2.5測定装置を設置し,夏季(6-7月)アラスカの森林火災時の高濃度PM2.5変動を捉えることに成功しました。
今後,冬季に寒冷になるアラスカやグリーンランドなどの北極圏及び南極など通年で寒冷な場所でも,安定にPM2.5の継続観測を行うことが可能となり,PM2.5測定が希薄な極寒の地域での観測展開が大いに期待されます。
なお、本研究成果は,2022年3月10日(木)公開のJournal of Environmental Management誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
極寒の地域でも使用可能なPM2.5測定用の自動温度制御断熱ボックスを開発~アラスカなどの北極圏から南極まで今後の測器展開と寒冷地PM2.5定常観測の発展に期待~(PDF)
2022-03-03
北海道大学低温科学研究所博士研究員(研究当時/現:東京大学大気海洋研究所 研究員)の西川はつみ氏と同大低温科学研究所の三寺史夫教授,水産研究・教育機構水産資源研究所の奥西 武グループ長,東京大学大気海洋研究所の伊藤進一教授,海洋研究開発機構の美山 透主任研究員らの研究グループは,亜熱帯循環と亜寒帯循環の境界である“北太平洋移行領域"の形成過程を漂流型の海洋気象ブイや海流の仮想粒子追跡手法を用いて解明しました。
日本の東側の北緯 40 度付近に帯状に広がる北太平洋移行領域は,黒潮と親潮の水が混ざり合った特徴的な水塊が形成される海域です。この移行領域は,亜寒帯海域にもかかわらず比較的暖かく栄養が豊富なことから海洋生態系にとって好環境であり,漁場も形成される豊かな海です。さらに,この域での海面水温変動は,中緯度の大気循環に大きく影響することもわかってきています。しかし,行領域での黒潮・親潮水の挙動はこれまで十分には理解されてきませんでした。本研究では,黒潮水・親潮水が移行領域の中を海底地形に対応した流れによって輸送・滞留する様子を可視化し,移行領域の形成過程を解明しました。また,移行領域へ黒潮水が供給されるためには,流れの時間変動成分(=渦)が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
なお,本研究成果は,2021 年 10 月 18 日(月)公開の Progress in Oceanography にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
黒潮と親潮をつなぐ日本東方の海水輸送過程を可視化(PDF)
2022-02-28
北海道大学大学院地球環境科学研究院の中村 哲博士研究員,佐藤友徳准教授の研究グループは,気候モデル実験や気象庁の予報データの分析による多角的な調査を行い,令和2年7 月豪雨(2020年7月)の原因の一つとして北極温暖化の影響があることを発見しました。
2020 年夏6月下旬にシベリアで記録的な熱波が観測され,その直後の7月上旬には中国の長江流域や日本の九州を中心とした地域で記録的な大雨が起こり,大きな被害が出ました。本研究では,シベリアで熱波を引き起こしたブロッキング高気圧に着目し,その発達度合いが大きいほど梅雨前線帯の降水量が強まることを発見しました。気象庁の全球アンサンブル予報データを分析し,ブロッキング高気圧の予測が現実的になるように補正することで,当初の予測では過小評価していた豪雨時の降水量が最大で20%増加し,予測精度が向上しました。さらに,北極温暖化が進行することを仮定した気候予測シミュレーションを行ったところ,シベリアでのブロッキング高気圧の発生頻度が増加し,東アジアの夏の降水量も増加することがわかりました。
北極温暖化は雪氷や永久凍土の融解など北極圈に多大な影響を及ぼすことが知られていますが,これに加えて,大気循環を介した遠隔影響の結果,日本周辺の豪雨災害とも関連することがわかりました。本研究の成果は,これまであまり着目されていなかった北極域から中緯度地域への遠隔影響の一端を明らかにしたことに加え,その影響を気象予報技術に応用することで,豪雨災害の予測精度向上に寄与することが期待されます。
なお,本研究成果は2022年2月3日(木)公開の Environmental Research 誌にオンライン先行公開されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
北極温暖化の遠隔影響により梅雨期の降水量が増加することを発見 ~豪雨災害の予測にむけて新たなメカニズムを提唱~(PDF)
2022-02-02
本学院地球圏科学専攻のグレーベ・ラルフ教授(低温科学研究所)らは,東京大学大気海洋研究所の阿部彩子教授ら,海洋研究開発機構の齋藤冬樹研究員との共同研究チームで,西暦3000年までの南極氷床の変動についてシミュレーションを行い,地球温暖化の長期的な影響について調べました。
これまで,本研究チームも参画する氷床モデル国際比較相互プロジェクト(ISMIP6)は,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書に研究内容を提供しましたが,その氷床変動計算は西暦2100年まででした。本研究では,西暦2100年まで既存の気候予測データを使用し,その後西暦3000年まで21世紀後期の気候が持続するという仮定のもと,「温暖化進行」経路シナリオで14の数値実験,「地球温暖化ガス排出量の削減」の経路シナリオで3つの数値実験をそれぞれ行いました。その結果,氷の損失を海面水位上昇に換算すると,温暖化進行のシナリオでは西暦3000年までのアンサンブル平均で,3.5mに上りました。また,温暖化の影響を最も受けると仮定した数値実験では5.3m上昇し,排出量削減のシナリオでは0.25mに留まることがわかりました。
本研究成果は,21世紀中に温暖化が一旦進行してしまうと、例えその温暖化進行が21世紀末で停止したとしても21世期末以降に起こる数百年の南極氷床の後退と海水準上昇に大きく影響し,その影響は長期に及ぶことを示しています。
なお本研究成果は,2021年12月22日(水)公開のJournal of Glaciology誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
西暦3000年までの南極氷床の変動を予測〜氷床の崩壊を防ぐための効果的な気候変動対策が重要〜(PDF)
2022-01-13
本学北方生物圏フィールド科学センターの須藤健二博士研究員と仲岡雅裕教授,本学院修士課程(研究当時)の前原せり菜氏と本研究院の藤井賢彦准教授の研究グループは,地球温暖化にともなう海水温上昇により,日本の沿岸地域で熱帯性魚種の分布が将来的に拡大することを詳細に予測しました。有毒魚としてソウシハギ(Aluterus scriptus)とアオブダイ(Scarus ovifrons),草食魚としてノトイスズミ(Kyphosus bigibbus)とアイゴ(Siganus fuscescens),観賞魚としてハマクマノミ(Amphiprion frenatus)とトゲチョウチョウウオ(Chaetodon auriga)に対してそれぞれの分布推定と予測を行ったところ,今後,CO2を含む温室効果ガスの大幅削減を行わない場合,今世紀末には日本沿岸での生息地が現在よりも最大 2 倍程度拡大する一方,温室効果ガスを大幅削減する場合はその生息地が現在から大きく変化しないことがわかりました。本結果成果は,パリ協定に従うなど,温室効果ガスの排出量削減に意欲的に取り組むことで,将来の沿岸地域の地球温暖化影響を大きく緩和できることを示唆しています。さらに,数 kmの高空間解像度の結果は,沿岸地域の地方自治体等が気候変動適応策を策定する際の科学的指針として直接利用することができると期待されます。
なお,本研究成果は,2022年1月5日(水)公開のFrontiers in Built Environment誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
日本沿岸の熱帯性魚種の詳細な分布推定・予測に成功~沿岸の地方自治体等での地球温暖化適応策の策定への貢献に期待~(PDF)
2021-12-28
本学院地球圏科学専攻の青木茂准教授(低温科学研究所)は,国立極地研究所の國分亙彦助教を中心とする研究グループと共に,南極・昭和基地でウェッデルアザラシに水温塩分記録計を取り付けて調査を行い,その観測データから,秋に外洋の海洋表層から暖かい海水(暖水)が南極大陸沿岸に流れ込んでいること,また,その暖水を利用することでアザラシが効率よく餌をとっていたことを明らかにしました。本成果は,秋期から冬期の南極海沿岸の海洋循環のメカニズムと海洋生態系の応答プロセスの解明につながると期待されます。この観測は第58次南極地域観測隊(2016年~2018年)の一環として実施されました。
なお,本研究成果は,2021年10月9日付けのLimnology and Oceanography誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
アザラシによる観測で秋~冬の南極沿岸の海洋環境が明らかに(PDF)
2021-12-17
本研究院の松村伸治学術研究員らのグループは,近年,夏季のグリーンランドで温暖化が減速しているメカニズムを解明しました。グリーンランドの氷床は,温室効果ガスの増加に伴った温暖化によって長期的に見ると融解が進んでいます。ところが,2012年にグリーンランドの気温上昇が過去最高に達してから,最近10年間では低温傾向で氷床融解が減速しつつあると報告されており,その原因はよくわかっていませんでした。
研究グループは大気海洋の観測データの解析を行い,熱帯太平洋からグリーンランドへのテレコネクションが温暖化減速の要因であることを見出しました。気象学的に夏季は熱帯上空が東風であるため,熱帯から北極域へのテレコネクションは発達できません。しかし,2000年代以降,赤道太平洋で発生する従来型のエルニーニョ/ラニーニャ現象よりも亜熱帯太平洋で発生するエルニーニョ/ラニーニャもどき現象が頻発することで,海面水温と降水帯の変化が亜熱帯海域まで北上して東風領域を脱するため,テレコネクションを生み出すことが可能となりました。実際に簡易大気モデルで降水帯の北上を反映させると,グリーンランドへのテレコネクションが再現できました。最近10年間ではエルニーニョもどきが頻発しており,亜熱帯からのテレコネクションがグリーンランド上空で雲を発生しやすい低気圧性循環を強め地上に低温をもたらしています。この低気圧性循環はさらに高緯度の北極海上空にまで及んでおり,最近の海氷減少の減速にも影響している可能性があります。
今後エルニーニョと反対のラニーニャもどきが頻発するとグリーンランドに高温をもたらし,人為起源による温暖化との相乗効果でこれまで以上に温暖化と氷床融解が加速すると予期されます。
なお本研究成果は,2021年12月16日(木)午後7時公開のCommunications Earth & Environment誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
グリーンランドで夏に温暖化が減速している謎を解明~北極海の海氷減少の減速にも影響~(PDF)
2021-12-16
本学院地球圏科学専攻の飯塚芳徳准教授(低温科学研究所)は、国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学大学院環境学研究科の植村立准教授、松井仁志准教授、藤田耕史教授らの研究グループと共に、国立極地研究所、琉球大学との共同研究で、南極ドームふじアイスコアに含まれる硫酸エアロゾルの硫黄同位体比(δ34S)の分析を行い、その供給源地域を解析しました。
硫酸エアロゾルは南極における主要な水溶性エアロゾル成分であり、海洋生物活動、海塩、陸域の表面など複数の起源があります。一方で、「なぜ南極の硫酸エアロゾルの沈着量は、氷期と間氷期で大きく変化しないのか?」や「氷期に陸域からの硫酸エアロゾルの供給が多いとすれば、どの地域が起源なのか?」等の未解明の問題も残されています。
本研究では、南極ドームふじアイスコアの硫黄同位体比の分析結果から、最終氷期では「陸域」を起源とする硫酸エアロゾルの寄与が大きかったことを明らかにしました。この結果は、最終氷期における硫酸エアロゾルの起源は、海洋生物活動であったという従来の有力な説と異なります。さらに、同位体比データから、南米のアタカマ砂漠周辺の高地が最も有力な供給源地域であることが分かりました。これらの結果から、極度に乾燥した低・中緯度の砂漠に存在する水溶性物質が、南極の硫酸エアロゾルの供給源の一つであることを明らかにしました。
本研究成果は、2021年12月3日付地球科学分野の国際学術誌「Earth and Planetary Science Letters」に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
氷期の南極の硫酸エアロゾルはどこから飛来したのか?~南米アタカマ砂漠からの寄与~(PDF)
2021-12-13
宇野裕美 京都大学生態学研究センター特定准教授(研究当時。現:本研究院日本学術振興会特別研究員CPD)、横井瑞士 同修士課程(研究当時。現:河合塾)、福島慶太郎 同研究員、菅野陽一郎 コロラド州立大学准教授らは、本学院生物圏科学専攻の岸田治准教授、内海俊介准教授(北方生物圏フィールド科学センター)、同雨龍研究林の職員・スタッフらと共に研究林内の希少な天然氾濫原において研究を行い、河川の氾濫が氾濫原生態系の生物多様性を維持する上で重要であることを示しました。
現在日本・世界中の多くの自然の氾濫原生態系は失われてしまいました。本研究では河川の氾濫から収束までの間、水の流れの変化と生物の応答を克明に調査し、氾濫と共に様々に形を変えながら流れ下る川の水のダイナミクスが幻の巨魚イトウをはじめとする様々な魚や両生類・水生昆虫やプランクトンなどの多様な生物が氾濫原に生息する秘訣となっていることを示しました。防災上、抑えられがちな河川の氾濫ですが、自然現象の一つとして自然界では多くの生物によって利用されているようです。
本成果は、2021年12月10日に国際学術誌「Freshwater Biology」にオンライン掲載されます。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
水の満ち引きが多様な生物の共存を実現-自然氾濫原において多くの生物の共存を可能とする河川氾濫の役割-(PDF)
2021-11-12
本学院地球圏科学専攻博士後期課程の王鄴凡さんと杉山慎教授(低温科学研究所。北極域研究センター兼務)らの研究グループは,1980年代の航空写真と最新の人工衛星データの解析から,グリーンランド北西部における氷河変動を33年間にわたって解明しました。
1985年から2018年における氷河の表面標高の測定から,全氷河の平均で氷が毎年0.6m薄くなっていることが明らかになりました。この変化を詳しく調べたところ,2001年まではほとんど変化が見られない一方で,2001年以降には毎年1.3mの割合で急速に氷が失われていました。つまり,氷河融解が21世紀に入って急激に加速したことが明らかになりました。さらに融解加速の原因を解析したところ,1990年代後半に顕著となった気温上昇に加えて,海水温の上昇,氷河の流動加速が氷河に強く影響していることが示されました。
この研究結果は,グリーンランドにおける氷の融解を正確に把握し,その原因を理解する上で重要です。特に氷河変動が始まったタイミングとその原因が特定されたことで,氷河の将来変動予測に重要な示唆が得られました。グリーンランド北西部は,日本の研究者が集中的に研究を行っている地域であり,この地域における環境変動を世界に先駆けて解明し報告したものです。
本研究成果は,2021年10月20日(水)公開のJournal of Geophysical Research: Earth Surface誌にオンライン掲載されました。なお本研究は,ArCS北極域研究推進プロジェクト及びArCS II北極域研究加速プロジェクトの助成を受けて実施されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
グリーンランドの氷河融解は21世紀から始まった~1980年代の航空写真と最新の人工衛星データから氷河の縮小を解析~(PDF)
2021-11-04
本学院地球圏科学専攻の杉山慎教授,箕輪昌紘助教(低温科学研究所)および,深町康教授(北極域研究センター)らの研究グループは,南米パタゴニアの氷河が流入する湖で20ヶ月にわたる長期観測に成功し,水温と流速の季節変化を世界で初めて明らかにしました。
夏になると氷河が盛んに融解して,冷たい融け水が湖に流れ込む様子が観測されました。この水は土砂を含んで密度が高いため,湖の底深くに沈み込んで蓄積されます。その結果,湖の深い部分では真夏に水温が最も低くなり(約2℃),逆に表面近くでは年間最高水温(約5℃)が記録されました。湖水の流速,気温・風速のデータからも,夏に湖底付近が氷河の融け水で冷やされる一方で,大気の熱と日射で暖まった水が強い風で表層付近を循環する様子が確認されました。
本研究で明らかになった水温とその季節変化は,氷河の変動メカニズムを考える上で重要です。例えば湖の中で上記の温度分布が生まれると,水温が高い表層付近で氷がよく融けますが,水温が低い中層以深では氷が融けないので氷河が水中に突き出てきます。すると水に浸かった氷に浮力が働き,大規模な氷の崩壊が起きると考えられます。また,氷河が激しく融解すると融け水が湖を冷やすので,氷河の末端部では逆に氷の融解が抑制される効果も予想されます。氷河湖の季節的な水温変化は,過去に報告されたことがなく,湖の生態系を考える上でも重要な知見になると考えられます。
本研究成果は,2021年11月2日(火)にNature Communications誌にオンライン掲載されました。本研究は,科研費基盤研究(A)(20H00186)の助成を受けて実施されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
夏に最も冷える,パタゴニアの湖~氷河が流れ込む湖で水温の季節変化を世界で初めて解明(PDF)
2021-10-27
東南極で最大級の規模を有するトッテン氷河の周辺域では,近年,氷床質量の減少が報告され,また,将来の大規模な氷床流出も懸念されています。本学院地球圏科学専攻の青木茂准教授(低温科学研究所)は,国立極地研究所の平野大輔助教,東京海洋大学の溝端浩平助教,水産研究・教育機構の佐々木裕子研究員らと共に,水産庁漁業調査船「開洋丸」および南極観測船「しらせ」により実施された大規模な海洋観測で取得した現場観測データと衛星観測データを統合的に解析し,トッテン氷河の沖合に定在する巨大な海洋渦が,比較的温度の高い海水を効率的に南極大陸方向へと輸送していることを明らかにしました。氷河末端に流れ込む暖かい海水は,氷床を下から融解することで氷床流出の引き金となるため,本成果は,氷床の質量損失が加速するトッテン氷河域での質量損失プロセスの包括的理解につながると期待されます。
この研究成果は,2021年8月6日付けで「Communications Earth & Environment」誌に公開されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
巨大な海洋渦が暖かい海水を南極大陸方向へ運ぶ 東南極トッテン氷河を下から融かす主要な熱源(PDF)
2021-10-26
大気から積雪に沈着する光吸収性粒子(元々は大気中にエーロゾルとして存在するブラックカーボンと鉱物性ダスト)は,雪面が吸収する太陽光を増加させ,融雪を加速する可能性があります。本学院地球圏科学専攻の的場澄人助教(低温科学研究所)は,気象研究所等の研究者らとともに,気象研究所で開発している世界的に見ても詳細な積雪変質モデルと領域気象化学モデルを組み合わせて,2011-2012冬期の札幌の積雪中に存在する光吸収性粒子が融雪に与える影響を国内・国外由来に分離して推定しました。その結果,同期間に札幌に到達して積雪内部に取り込まれた全ての光吸収性粒子によって消雪日が15日早められ,その内,国外由来の積雪中光吸収性粒子の寄与が約7割あることが分かりました。
この研究成果は,2021年8月21日付けでアメリカ地球物理学連合が発行する科学誌「Geophysical Research Letters」に公開されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
札幌の積雪中に存在する光吸収性粒子が融雪に与える影響を国内・国外由来に分離して推定しました(PDF)
2021-10-19
北海道大学水産学部附属練習船うしお丸は,2021年10月5日から10月13日に実施した第499次航海において,漁業被害が甚大になっている道東沖赤潮の横断観測にはじめて成功しました。昨年度より実施している厚岸沖定点の物理パラメータ(水温塩分・流向流速),化学成分(栄養塩等),植物プランクトン濃度及び種のサンプルを取得し,特に沖合の数点において,茶色から黒色に見える帯状の濃い赤潮を観測しました。本研究には本学院生物圏科学専攻の芳村毅准教授(水産科学研究院)の研究グループが参画しています。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が打ち上げ,運用している人工衛星「しきさい」の植物プランクトン(クロロフィル a)濃度からも,9月中旬から10月にかけて植物プランクトンが増殖し,道東沿岸に沿って南下していることが明らかになっています。本学大学院水産科学研究院は北海道厚岸漁業協同組合にこの観測データを直ちに提供し,今後の漁業被害低減に向けて相互協力していくことになりました。
今後,取得したデータの詳細な解析を進め,寒冷域赤潮の実態を解明し,将来予測に繋げていくことが期待されます。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
道東沖赤潮の横断観測にはじめて成功~漁業被害の原因となる赤潮のメカニズム解明と将来予測の可能性に期待~(PDF)
2021-10-12
本学院環境起学専攻修士課程(当時)(現:斜里町立知床博物館学芸員)の三浦一輝さんと根岸淳二郎准教授ら研究グループは,近年減少傾向にある淡水二枚貝カワシンジュガイが砂を動きにくくすることで川底の安定性を高め,川の地形や流れを変化させることを明らかにしました。川の地形や流れは生物の個体数や様々な生態系機能を決める重要な要因です。本研究は、絶滅危惧種が川の健全な生態系を支える仕組みの一端を明らかにし,絶滅危惧種の保全価値の向上につながります。
本研究成果は,2021年10月5日(火)公開のHydrobiologia誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
川に棲む二枚貝が川の地形や流れを変える?-絶滅危惧種カワシンジュガイが川底の安定性を高めることを実証-(PDF)
2021-10-01
本学院地球圏科学専攻の的場澄人助教(低温科学研究所)は,国立極地研究所の永塚尚子特任研究員を中心とする研究グループと共に,グリーンランド氷床北西部の「SIGMA-D アイスコア」に含まれる鉱物ダスト(岩石由来の微粒子)の分析を行い,過去100 年の間にグリーンランド氷床上に降下したダストの起源について,その連続的な変化を初めて明らかにしました。
アイスコアに含まれる鉱物ダストの濃度や粒径は地球環境変動の歴史を読み解くための指標となっています。さらに,鉱物ダストがどこから飛来したか,つまり,ダストの起源を明らかにすることは,過去の大気循環や供給源となる場所の環境変動を知るための重要な手がかりです。しかし,極域のアイスコアに含まれる鉱物ダストは,量が少ないためにその起源を推定することが難しく,近年の温暖期のダストの起源についてはこれまでほとんど明らかにされていませんでした。
本研究では,電子顕微鏡を用いて鉱物ダストのサイズや組成を一粒ずつ解析することで,濃度が低い時期でもアイスコア中の鉱物ダストの起源推定を可能としました。本成果により,SIGMA-D アイスコアの鉱物ダスト起源はグリーンランドの気温変化の影響を受けて変動しており,温暖な時期には雪や氷の融解によって露出した氷床周辺の堆積物に由来する鉱物ダストが多く飛来していたことが分かりました。この成果は,Climate of the Past 誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
グリーンランド氷床に飛来するダストの起源~アイスコア中の微量なダストから過去 100 年の変化が明らかに~(PDF)
2021-08-27
味覚は,何を食べるかを決定する上で重要な役割を果たします。そのひとつである『旨味(うまみ)』は,舌の上などに存在する味覚センサー分子(旨味受容体 T1R1/T1R3)を介して認識され,栄養となるアミノ酸(タンパク質)が食物中にあることを知る手がかりとなります。私たちヒトの旨味受容体は,アミノ酸の一種であるグルタミン酸に強く応答することを特徴とします。ヒトは霊長類(サル類)の仲間ですが,すべての霊長類がグルタミン酸の味を好ましく感じるわけではないようです。旨味受容体が霊長類の進化の過程でいつ,どのような理由でグルタミン酸に強く応答するようになったのかは不明でした。
今回,本学院生物圏科学専攻の早川卓志助教を含む,明治大学,北海道大学,京都大学,東京大学,日本モンキーセンター等からなる共同研究グループは,アミノ酸センサーだと考えられていた旨味受容体が,霊長類の祖先ではイノシン酸やアデニル酸などのヌクレオチドを感度良く検出するセンサーとして機能していたことを見出しました。ネズミくらいの小ささで昆虫を主食としていた霊長類の祖先が,ヌクレオチドを豊富に含む昆虫をおいしく食べるのに役立っていたと考えられます。
現在地球上には約500種類の霊長類がいます。そのうち,ワオキツネザル,ジェフロイクモザル,ブタオザル,チンパンジーなど,体が大きくなった一部の霊長類の旨味受容体は,葉に豊富に含まれるグルタミン酸に強く応答するよう進化したことが分かりました。これらの体が大きくなった霊長類は,昆虫では補え切れないタンパク質の量を確保するために,葉をたくさん食べるようになったと考えられています。本来,葉は苦くておいしくないはずですが,私たちの祖先が旨味受容体をヌクレオチドセンサーからグルタミン酸センサーへと変化させたことで,新たなタンパク質供給源として,葉をおいしく利用できるようになったと考えられます。
なお,本研究成果は,2021年8月26日(木)公開のCurrent Biology誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
霊長類におけるグルタミン酸の旨味の起源―体の大きな霊長類は旨味感覚で葉の苦さを克服―(PDF)
2021-08-25
本学院生物圏科学専攻の柴田英昭教授(北方生物圏フィールド科学センター)は,農研機構らの研究グループとともに,日本の全ての人間活動と環境を対象に2000年から2015年の窒素収支を解明し,大気や水域への窒素排出の実態を明らかにしました。その結果,国民一人当たりの廃棄窒素は年間41~48 kgで,同時期の世界平均の約2倍であることや,廃棄窒素の発生量に対して環境に排出される反応性窒素は1/3程度に抑えられていることなどが明らかになりました。本成果は,将来世代の持続可能な窒素利用,すなわち,肥料や工業原料としての窒素の恩恵を保ちながら,環境の窒素汚染を防ぐ技術の開発や政策の立案に役立ちます。
なお,本研究成果は2021年6月9日公開のEnvironmental Pollution誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
日本の2000年から2015年の窒素収支を解明-持続可能な窒素利用の実現に向け基礎情報を提供-(PDF)
2021-07-16
本学院環境起学専攻の沖野龍文教授と薬学研究院の松田研一助教,脇本敏幸教授らの研究グループは,多剤耐性菌などに対する抗菌活性を示す環状ペプチドのアルギシクラミド類を,湖沼にアオコを形成する藍藻から発見しました。環状ペプチドに含まれるアミノ酸アルギニンのグアニジン部分の窒素にプレニル基が2個結合していることが構造の特徴です。ペプチド中のアルギニンをプレニル化する酵素は明らかにされていなかったため,研究グループは,この藍藻の遺伝子解析を行い,アルギシクラミド類の生合成酵素の解明に取り組みました。
その結果,AgcFと名付けたプレニル基転移酵素を見いだしました。化学合成したプレニル基をもたないアルギシクラミドCとの酵素反応を試みた結果,プレニル基1個のアルギシクラミドBを経て,プレニル基2個で抗菌性をもつアルギシクラミドAに変換することが確認されました。アルギシクラミドCのアルギニンの代わりに,トリプトファンやリシンなどの異なるアミノ酸に置換した化合物や,アルギシクラミドCと同じアミノ酸配列でありながら環化していない直鎖の化合物を合成して,AgcFとの酵素反応を試みましたが,プレニル化は進みませんでした。一方,プレニル基が2個つながったゲラニル基を取り込むことも,この酵素は可能でした。この酵素の立体構造を予測したところ,活性部位の入り口部分が類似の酵素に比べて広くて,より大きなゲラニル基を取り込めると予想されました。
分子量500~2,000の中分子は新しい医薬品の候補として期待されています。本研究で発見した環状ペプチドもその範疇に入りますが,一般に生体膜を通過しにくく細胞内に入り込めないという問題があります。プレニル化は、脂溶性を高めて生体膜を通りやすくすることができます。実際,プレニル基が2個結合したアルギシクラミドAが最も高い抗菌性を示しました。本研究で発見したプレニル基転移酵素を使って,医薬品候補環状ペプチドのアルギニンをプレニル化することでその効果を高めて実用化を目指すことが期待されます。
なお,本研究成果は,2021年6月28日(月)公開のJournal of the American Chemical Society誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
環状ペプチドの抗菌性を高める新規酵素を発見~中分子ペプチド医薬品創製への貢献に期待~(PDF)
2021-07-16
本学院地球圏科学専攻の大島慶一郎教授らの研究グループは,西部北太平洋の高い生物生産を支えている親潮中層水が,温暖化と18.6年周期潮汐変動の両方に強く影響を受けることを明らかにしました。これらの変動の大きな要因は,親潮中層水を作る2つの水塊,西部亜寒帯水とオホーツク海中層水の混合の割合の変化によります。長期的には低温のオホーツク中層水の占める割合が40年で30%も減少して親潮中層水は高温化しており,これは温暖化による海氷生成の減少によりオホーツク海を起点とするオーバーターンが弱化したことによると考えられます。潮汐が強い年代は,より低温のオホーツク海中層水の流出が増加し,潮汐の強さは温暖化と逆に作用(低温化)することもわかりました。
本研究によって,潮汐が弱くなる2020年代中盤からの10年間は弱化する潮汐の効果と温暖化の効果が相乗して一気に大きな変化(親潮中層水におけるオホーツク海中層水の割合が減り,水温が高くなる)が起こりうることも予想されます。
なお本研究成果は,2021年7月15日(木)公開のScientific Reports誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
海の恵みをもたらす親潮中層水の経年変動機構を解明~2020年代中盤からの10年間に大きな変化があると予測~(PDF)
2021-07-13
本学院地球圏科学専攻(低温科学研究所)の杉山慎教授,青木茂准教授,箕輪昌紘氏(当時)らの研究チームは南極ラングホブデ氷河を掘削し,厚さ234~412mの棚氷の下に広がる海を直接観測しました。その結果,棚氷底面での氷融解とそのメカニズムを明らかにしました。
近年,南極氷床が氷を失っており,海水準の上昇につながる地球環境変動として注目されています。氷床の周縁では氷が海に張り出して棚氷を形成し、その底面が海の熱で融けるプロセスが氷床変動の引き金と考えられています。しかし,厚い棚氷の下へ海水がどのように流入し,どれだけ氷を融かしているのか,その測定は非常に困難で理解が遅れています。本研究では,研究チームが開発した熱水掘削システムを用いて,ラングホブデ氷河の棚氷を4地点で掘削し,棚氷下の海水温,塩分,循環を直接観測しました。その結果,海水は結氷温度よりも最大1℃ほど暖かく,棚氷の全域で氷の融解が示されました。また棚氷の全域における測定によって,これまで予想されていた海洋循環の確認に成功しました。測定された貴重なデータは,棚氷下の海洋循環と底面融解の物理プロセスを検証し,氷床数値モデルの精緻化に貢献するものです。
本研究成果は,2021年7月9日(金)公開のNature Communications誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
南極の氷河の下で海と氷を直接観測~熱水掘削によって氷床融解のメカニズムを解明~(PDF)
2021-07-11
本学院生物圏科学専攻の仲岡雅裕教授(北方生物圏フィールド科学センター)らの研究グループは,東~東南アジアに分布する熱帯性の海草藻場の多くが2000年代以降減少していること,現状の海洋保護区による保全が不十分であることを明らかにしました。
海草藻場は,多様な魚介類の生息場所となると共に水質を浄化する機能をもつなど,沿岸域で重要な役割を果たしています。しかし,海草藻場は世界各地で減少しています。研究グループは東~東南アジアの13か国・地域を対象に,2000年以降に記録された海草藻場の分布に関する情報を新たに2,720件収集し,海草藻場面積の時間的変化を解析するとともに,海洋保護区による保全状態を国・地域ごとに比較しました。その結果,多くの海草藻場では2000年以降も面積が減少しており,その減少率は平均で年 4.7%であることが判明しました。また,厳密に運用されている海洋保護区に含まれる海草藻場はどの国・地域でも5%以下と非常に少ないことがわかりました。
本研究の成果は,これまで情報が欠損していた東~東南アジアの海草藻場をはじめとする海洋生態系やその海洋生物多様性の保全計画の策定に大きく貢献することが期待されます。
なお,本研究成果は2021年7月8日(木)公開のFrontiers in Marine Science誌にオンライン掲載されました。
アジアの熱帯性海草藻場の詳細な分布と保全状況を解明~年5%の割合で減少する貴重な生態系を早急に保全する必要性を指摘~(PDF)
2021-07-10
本学院地球圏科学専攻のEvgeny A. Podolskiy助教(北極域研究センター),杉山慎教授(低温科学研究所)および理学研究院の村井芳夫准教授,北極域研究センターの漢那直也研究員(現東京大学海洋研究所)らの研究グループは,グリーンランド・ボードイン氷河の直前で,海底地震計を使った観測に世界で初めて成功しました。観測された地震波ノイズの時間変化から,氷河の流動変化が推定できることを初めて明らかにしました。
氷河末端から約640mの海底に海底地震計を,氷河と陸上に GPS(全地球測位システム)受信機と地震計を設置して,地震波ノイズと氷河の流動速度を比較したところ,特に海底の地震波ノイズ振幅と流動速度の間に高い相関があることを発見しました。このことから,地震波ノイズが,氷河がすべる時に生じる微動であることが明らかになりました。
氷河の末端付近はアクセスと機材の設置が困難で,氷の破壊や強風によるノイズの影響を受けるため,流動の測定が困難です。これに対して,海底での観測によって,これらの弱点を克服することが可能になります。
本研究が提案する新しい手法により,グリーンランドにおける氷河から海に流入する氷と融け水のモニタリングが可能となり,その変動要因の解明が期待されます。
本研究成果は,2021年6月24日(木)公開のNature Communications誌にオンライン掲載されました。詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
世界初!海底地震計を使い,氷河流動の検出に成功~微動を使った新しい氷河観測手法を提案~(PDF)
2021-07-05
本学院生物圏科学専攻の山口良文教授(低温科学研究所),東京大学大学院薬学系研究科博士後期課程(当時)の姉川大輔氏,三浦正幸教授らの研究グループは,冬眠する小型哺乳類シリアンハムスターが冬眠の際の低体温に耐えるためにビタミンEを肝臓に高い濃度で保持することを明らかにしました。
シリアンハムスター,シマリス,ジリス,ヤマネなどの小型冬眠哺乳類は,数ヶ月に渡る冬季のあいだ,体温が10ºC以下に低下した深冬眠と呼ばれる低温状態で何日間も過ごします。またこの深冬眠から目覚める際には,体内で熱を多量に作り出すことで体温を37ºC付近まで急激に復温させます。こうした長時間の低温や急激な復温は,私たちヒトを含む冬眠しない哺乳類には致命的なストレスとなります。なぜ冬眠する哺乳類が低温や急激な復温に耐えることができるのか,その仕組みの殆どは未だに不明ですが,これらの動物は細胞レベルでも低温耐性を示すことが幾つかの事例から知られています。そこで研究グループはまず,シリアンハムスターの肝臓の細胞(肝細胞)も,低温培養下で長期生存可能な低温耐性を有することを確認しました。さらに,ビタミンEの少ない餌で飼育されたシリアンハムスターの肝細胞は低温誘導性の細胞死を生じ,この現象はビタミンE投与で回復すること,つまりシリアンハムスターの低温耐性は餌中に含まれるビタミンE量に依存することを発見しました。また低温耐性の異なるシリアンハムスターとマウスの間で,餌由来のビタミンEの保持能力に差があることを見出しました。本研究成果は,ヒトにおける臓器移植や再生医療の際の臓器低温保存や,低体温に伴う障害の予防法の開発にもつながると期待されます。
本研究成果は,2021年6月25日(金)公開のCommunications Biology誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
冬眠哺乳類の低温耐性にビタミン E が関わることを発見~臓器移植・臓器保存への貢献に期待~(PDF)
2021-06-23
本学院環境起学専攻の藤井賢彦准教授(地球環境科学研究院)らは,国立環境研究所地球システム領域の高尾信太郎研究員,海洋研究開発機構の脇田昌英研究員・山本彬友特任研究員,水産研究・教育機構の小埜恒夫主幹研究員と共に,世界的に進行している地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化が将来,北海道沿岸域の水産対象種に対して深刻な影響を及ぼす可能性を指摘しました。そして,深刻な影響を回避するためにはパリ協定で求められている人為起源CO2排出の大幅削減が不可欠であることがわかりました。また,特に環境ストレスに対して脆弱な幼生期にはCO2濃度を人工的に調整した環境で飼育することや,陸域から沿岸域への物質流入を調整すること等,地域における施策も海洋酸性化・貧酸素化影響を軽減する上で有効であると提言しています。
本研究で実施した手法は地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化が水産対象種に及ぼす複合影響の緩和に向けた地域での合意形成・施策のために定量的な科学的指針を提供すると期待されます。
なお,本研究成果は,2021年6月11日(金)公開のFrontiers in Marine Science誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
北海道沿岸域の温暖化・酸性化・貧酸素化影響が明らかに~水産対象種に対する深刻な影響回避には具体的な対策が必要~(PDF)
2021-06-22
本学院地球圏科学専攻博士後期課程の山崎開平さんと青木茂准教授(低温科学研究所),平野大輔助教(低温科学研究所。現所属:国立極地研究所),中山佳洋助教(低温科学研究所),および海洋研究開発機構の勝又勝郎主任研究員らの研究グループは,地球上で最大の海流である「南極周極流」が,南極大陸に向かって拡大することで,南極海の深層が暖まっていることを発見しました。
この研究では,東南極沖を対象とし,海洋現場観測データの時空間解析と数値シミュレーションを組み合わせて解析することで,南極周極流の「南限」が,過去30年間に50km以上南下したことを突き止めました。さらに,海の力学的な分厚さを調べることによって,海洋前線の南下と南北深層循環の強化が,南限の移動を引き起こしていることがわかりました。今回発見された南極周極流の極向き拡大は,海洋の持つ熱が南極氷床へ近づきつつあることを示しています。地球温暖化などによって南極海に吹き付ける偏西風が強くなったことが,その原因である可能性があります。南極海の深層水は南極沿岸付近では最も暖かい水で,南極の氷を融かす主な熱源であると考えられます。暖かい深層水が氷床に向かって流れ込めば,より多くの融け水が海に放出されることで,海面上昇と気候システムに影響することが懸念されます。
本研究は水産庁「開洋丸」による観測航海で取得されたデータを使用しており,科学研究費補助金(課題番号 17H01615, 17H06317, 19K23447, 21H04918, 21K13989)の助成を受けて実施されました。
なお,本研究成果は,2021年6月11日(金)のScience Advances誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
南極大陸に向かって海流が接近中~南極海の深層が暖まるメカニズムを発見~(PDF)
2021-06-09
本学院地球圏科学専攻の山本正伸教授,ブラウン大学地球惑星環境科学科のスティーブ・クレメンス教授らの研究グループは,過去150万年間の南アジアのモンスーン降雨の変動を復元し,モンスーン降雨が日射量の周期的変動だけでなく,大陸氷床量と大気中二酸化炭素濃度の周期的変動に応答していることを明らかにしました。
地球温暖化の進行に伴い,人口稠密なアジア南部の人々の生活や農業に大きな影響を与える南アジアのモンスーンがどのように変化するのか注目されています。
研究グループは,インド東部のベンガル湾で採取した海底堆積物コアに含まれている有孔虫殻の酸素同位体比,植物ワックスの組成や同位体比,化学組成を分析し,ベンガル湾の過去150万年間の塩分,河川からの泥の流出量,雨水の同位体比の変動を復元しました。その結果,モンスーンによるインド東部の降水量は日射量の周期的変動だけでなく,大陸氷床量と大気中二酸化炭素濃度の周期的変動に応答していることを明らかにしました。
これは,二酸化炭素の増加による温暖化に伴い,降雨が増加するという気候モデルによる予測を支持します。
なお,本研究成果は,2021年6月4日(金)公開のScience Advances誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
南アジアのモンスーン降雨の過去と未来を解明(PDF)
2021-06-09
本学院地球圏科学専攻博士後期課程の史穆清さんと白岩孝行准教授及び三寺史夫教授(低温科学研究所)の研究グループは,ロシア科学アカデミー極東支部火山・地震研究所のヤロスラブ・ムラビヨフ博士と共同で,ロシア連邦水文気象環境監視局が管理する河川流量データを用いてカムチャツカ半島から周辺海域に流出する河川の全流量を推定し,河川流量とオホーツク海の高密度陸棚水形成海域の表層塩分に関係があることを見出しました。
海洋に対する河川水の割合はわずか0.003%に過ぎず,河口域や沿岸を除くと,海洋に対する河川の影響はこれまで限定的と考えられていました。本研究は,限られた地域の河川流量が半球規模の海洋循環に影響を与える可能性を示した貴重な成果です。オホーツク海のオーバーターニング(鉛直循環)は,北太平洋の海洋循環を通じて気候に影響だけでなく,栄養塩の循環をも駆動し,オホーツク海や親潮海域の生物生産にも大きく関わっています。そのため,本研究は,オホーツク海のオーバーターニングの機構解明や予測に新たな視点を与えたものと評価されます。
本研究成果は,2021年5月24日(月)公開のJournal of Hydrology: Regional Studies誌にオンライン公開されました。
なお,本研究は,科学研究費補助金・基盤研究A(課題番号:17H01156)の助成を受けて実施されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
新たな陸-海結合システムを発見~オホーツク海のオーバーターニングに与える河川水の影響~(PDF)
2021-05-21
本学院生物圏科学専攻の揚妻直樹准教授(北方生物圏フィールド科学センター)らの研究グループは,屋久島西部の世界自然遺産地域内に生息するニホンジカの固有亜種・ヤクシカの個体群が,2014年以降,減少傾向にあることを明らかにしました。全国的にシカの急増が伝えられている中で,人間による捕獲や駆除がないにも関わらず,シカが継続的に減少することがわかったのは初めてです。
屋久島には,もともとオオカミなどの中・大型肉食動物が分布しておらず,ヤクシカは天敵が不在のまま進化してきました。また,西部の世界遺産地域は,過去およそ50年間シカの捕獲が行われていないため,自然なシカの生態を知ることができる日本に残された希少な場所となっています。
この地域のシカの数は調査を開始した2001年から2014年まで年率9%で増加していました。ところが,それ以降は,年率マイナス15%で減少し始めました。この地域のシカが地域外へ移出する割合は多めに見積もっても年3.5%であったことから,シカの数が増加から減少に転じた原因は,移出ではなく自然要因による死亡率の増加だと考えられました。これらの結果は自然生態系がシカ個体群を調節している可能性を示すものです。ただし,シカ個体群の変動を理解するには数十年単位の継続データが必要であり,現在の減少傾向もいつまで続くのかはわかりません。今後も捕獲することなく,注意深く見守り調査することで,この希少なシカ個体群の理解へと繋げていくことが重要です。
現在,屋久島の世界自然遺産地域では,生態系保護を目的として,駆除によるシカの個体数調整が行われています。しかし,本研究は,自然生態系の調節機能を活かした,人為によらないシカ管理の可能性とその必要性を示唆するものといえます。
なお,本研究成果は,「保全生態学研究」に掲載予定で,2021年4月20日(火)にオンラインで早期公開されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
屋久島世界遺産地域でヤクシカが減少している!~従来の定説を覆す,生態系による制御の可能性を示唆~(PDF)
2021-05-18
本学院地球圏科学専攻の安成哲平助教(北極域研究センター),東京大学先端科学技術研究センターの中村尚教授,三重大学の立花義裕教授及び米国 NASA,韓国UNISTによる国際研究チームは,近年夏季に多発するシベリア・亜寒帯北米(アラスカ・カナダ)の森林火災と西欧の熱波を同時に発生させうる高気圧性循環(気候)パターンを初めて特定し,森林火災由来の大気エアロゾルの増加が夏季北極域とその周辺の高濃度PM2.5の原因であることを初めて明らかにしました。
NASA衛星による火災データやNASAの全球データセットMERRA-2の解析から,近年温暖化の進行が知られている北極域において2003–2017年(15年間)のPM2.5濃度が高い20ヶ月のうち13ヶ月は夏季(7–8月)で,近年多発する森林火災由来の有機炭素エアロゾルから大きな影響を受けていることが明らかとなりました。また,この時の典型的な大気循環場として,西欧に熱波,シベリア・亜寒帯北米(アラスカ・カナダ)に森林火災を同時誘発させうる気候パターンを初めて特定しました。さらに,同期間でユーラシア大陸上の気候変動パターンを表す指標の一つ(Scandinavian pattern index)に基づいて独立解析を行い,この大気循環場との類似性を偶然にも発見し,解析期間を1980年まで延ばしたところ,この気候パターンは2002年以前には見られず,近年にのみ突出して見られることが明らかになりました。夏季に西欧からシベリア,亜寒帯北米にある3つの高気圧が北極周辺を環状に取り囲む特徴から,本研究でこの気候パターンをcircum-Arctic wave (CAW) pattern と命名しました。
本研究で発見された近年のCAWパターン発生・発達メカニズムや温暖化との関係などが今後解明されれば,夏季の西欧熱波やシベリア・アラスカ・カナダの森林火災の同時発生を高精度に予測できる可能性が大いに期待されます。これは同時に,森林火災由来の大気汚染(PM2.5)予測にも直結し,北極及び周辺域の大気汚染対策への貢献も期待されます。
本研究成果は,2021年5月17日(月)公開のEnvironmental Research Letters誌に掲載されました。
なお,本研究は,北極域研究推進プロジェクト(ArCS),北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)ほか,複数の研究費による支援を受けて進められました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
北極域の森林火災と西欧熱波を同時誘発させうる気候パターンを初めて特定~北極域とその周辺で起こる夏季森林火災と熱波同時発生予測手法の発展とその高精度化への期待~(PDF)
2021-05-07
本学院環境起学専攻の平田貴文特任准教授(北極域研究センター),同センターのアイリーン・アラビア博士研究員,ならびにアラスカ大学フェアバンクス校の国際共同研究グループは,1990年から2018年までの長期にわたって得られた159種の魚類や無脊椎動物の観測データを用いて,漁業が盛んで気候変動の脅威が継続している東ベーリング海の陸棚海域が,生物多様性の高い海域であることを発見しました。
過去約30年の間に北洋では大きな気候変動が起きています。特に,温暖化と海氷の激減は,生物群集組成を変え,生物多様性の再構成が余儀なくされています。研究グループが東ベーリング海陸棚海域を調査したところ,その北部と南部に,それぞれ生物多様性の高い海域が局所的に存在していました。それらの海域は,研究海域に占める面積が10%程度しかないにもかかわらず,調査種のうちの91%(159種中,144種)の生息地となっていました。さらに,それらの海域では商業魚種(スケトウダラやマダラ)やカニ類(ズワイガニなど)も多く,漁業資源の保護の点からもその海域の重要性が示されました。
また,研究グループは,これらの多様性の高い海域における観測データを用いた解析により,過去約30年間で冬季の海氷や水温変化が比較的小さい気候緩衝海域と一致していることを見出しました。
これらのことから,東ベーリング海で長期にわたって生物生産を維持できる緩衝された気候が,高い生物多様性と安定な群集構造の存在を許容していると考えられます。
本研究成果は,気候変動下で回復力のある海洋生態系及び持続的漁業を維持するために,海洋生物群集の気候変動退避海域(海洋生物が気候変動から逃げ込む海域)の同定および維持の重要性と必要性を提唱しています。
なお,本研究成果は,2021年4月25日(日)オンライン公開のGlobal Change Biology 誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
海洋観測カメラによる有色溶存有機物の観測に成功~超小型人工衛星を利用した北極域観測技術の構築に期待~(PDF)
2021-05-07
本学院環境起学専攻の先崎理之助教と本学大学院農学院の北沢宗大氏,釧路市立博物館の貞國利夫氏,NPO法人おおせっからんどの高橋雅雄氏の研究グループは,国内希少野生動植物種に指定されているシマクイナの繁殖を北海道勇払原野と青森県仏沼で初めて確認しました。
シマクイナは極東に分布する世界最小のクイナ科鳥類です。その生態は謎に包まれていますが,生息数が少なく減少していると思われることから,国内希少野生動植物種に指定されています。しかし,近年,北日本の複数の湿地では夏季に数羽から数十羽のシマクイナが相次いで確認されており,繁殖が疑われていました。
そこで研究グループは,2012年以降に本種が毎年確認されている北海道勇払原野の湿地でシマクイナの繁殖状況を調べました。2018年5~9月に,湿地内の本種の縄張り付近に自動センサーカメラを仕掛け,湿地内の固定ルートを歩いて繁殖の決め手となる本種の子連れの発見を試みました。
その結果,自動センサーカメラではシマクイナの子連れを撮影することは出来なかったものの,目視調査では本種の一組の子連れ(成鳥1羽と巣立ち雛6羽)の観察・撮影に世界で初めて成功し,約110年ぶりに本種の巣を発見しました。さらに,2004年に青森県仏沼で保護・撮影され,種不明とされていたクイナ科鳥類の巣立ち雛が,研究グループの検証によりシマクイナであることが判明しました。これらは日本におけるシマクイナの初めての繁殖記録であり,本種の生態の理解と保全に貢献する重要な成果です。
本研究成果は,2021年4月28日(水)公開のWilson Journal of Ornithology誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
国内希少野生動植物種・シマクイナの国内繁殖を初確認~巣の発見は約110年ぶり,巣立ち雛の撮影は世界初~(PDF)
2021-05-07
本学院地球圏科学専攻の飯塚芳徳准教授,的場澄人助教(低温科学研究所)は,東京工業大学,国立極地研究所,名古屋大学,気象研究所等の研究者らと共に,北極グリーンランドアイスコアの分析から硫酸エアロゾルの生成過程を復元し,1980年以降の二酸化硫黄(SO2)排出削減にもかかわらず,硫酸エアロゾルの減少が鈍化している要因を解明しました。
大気中でSO2から生成される硫酸エアロゾルは,気候変動や健康影響との関連から重要な物質とされています。SO2排出量は排出規制の導入により,1980年以降の30年間で約7割削減されたものの,硫酸エアロゾルの減少は5割程度にとどまっています。この減少鈍化のメカニズムが特定されていないことが,効果的な削減策の策定や正確な気候変動予測の足かせとなってきました。
本研究では,北極グリーンランドアイスコア試料を使った硫酸の三酸素同位体組成(Δ17O値)(17Oの異常濃縮)の分析により過去60年間の大気中の硫酸エアロゾルの生成過程を復元しました。その結果,この期間に大気中の酸性度が減少したため,排出されたSO2から硫酸への酸化反応が促進される「フィードバック機構」が作用していたことがわかりました。酸性度の減少は,SO2削減による酸性物質の減少に加え,施肥などによるアンモニアなどのアルカリ性物質の排出増加によると考えられます。規制対象ではなかったアルカリ性物質の排出が,硫酸エアロゾルの減少鈍化の原因であったという本研究の結果は,今後の効果的な大気汚染の緩和策の策定や,正しい将来の気候変動予測に役立つことが期待されます。
本研究成果は,5月5日(米国東部時間)にアメリカ科学振興会(AAAS)のオンライン誌 「サイエンスアドバンシズ(Science Advances)」に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
SO2排出削減にもかかわらず硫酸エアロゾル減少が鈍化する要因を特定-硫酸の三酸素同位体組成に基づいたフィードバック機構の解明-(PDF)
2021-05-06
隕石に含まれるアミノ酸や糖,核酸塩基などの低分子有機物は,その特異的な炭素同位体組成(13Cの濃縮)から,太陽系外縁部や太陽集積前の極低温環境でできた分子から作られたと考えられてきました。
本学院地球圏科学専攻の力石嘉人教授(低温科学研究所)は,東北大学大学院理学研究科の古川善博准教授,岩佐義成さん(当時博士課程前期2年)らと共に,隕石に含まれる主要な有機物である不溶性有機物とアミノ酸や糖などの低分子有機物との間に存在する大きな炭素同位体組成の差が,隕石有機物の生成反応の一つとして提案されてきたホルモース型反応によって再現できることを明らかにしました。
本研究の成果によって,小惑星に含まれるアミノ酸や糖などの低分子有機物は,これまで考えられていたよりもはるかに広範囲に分布した一般的な材料から生成されていたことが示されました。
本研究成果は,2021年4月29日に米国科学振興協会(AAAS)が発行する『Science Advances』で公開されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
模擬実験で隕石アミノ酸の同位体組成を再現-小惑星有機物の主要生成反応のひとつが明らかに-(PDF)
2021-04-16
一般に「森の香り」として知られる生物起源の揮発性有機化合物(BVOC)は,さまざまな環境ストレスに対する植物などの抵抗力に大きな役割を果たしており,大量に放出される場合は周辺の大気環境にも重要な影響を与えると考えられています。しかし,地理的規模での物理的環境や生物的環境が,放出物質の多様化とどのように関係しているのかについては,ほとんど知られていません。
本学院生物圏科学専攻の甲山哲生研究員(当時)と修士課程(当時)の吉岡颯さんは,東京大学大学院農学生命科学研究科の日浦勉教授(前職は本学院教授)らと共に,遺伝的に異なる全国12集団の天然スギから放出されるBVOCを同一環境下で定量し,テルペン類の組成と量が集団によって大きく異なることを明らかにしました。さらに同グループは,BVOC放出は集団が分布する地域の気候だけでなく,病原菌組成とも密接な関係にあることを見出しました。
優占樹種の機能的な特徴は生態系に波及的に影響を及ぼすため,今後は全国に大規模に植栽されているスギのさまざまな地域系統品種の機能に注目するとともに,BVOCを介した樹木と病原菌の相互作用も考慮した育種や管理が,気候変動対策としても求められるでしょう。
なお,本研究成果はScientific Reports誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
スギの“香り”が語ること〜生物起源揮発性有機化合物放出の地理変異を解明〜(PDF)
2021-04-12
本学院環境起学専攻の根岸淳二郎准教授は,奈良女子大学の片野泉准教授,熊本大学の皆川朋子准教授,兵庫県立大学の土居秀幸准教授,徳島大学の河口洋一准教授,(国研)土木研究所・名古屋工業大学萱場祐一教授から成る研究チームと共に,ダム湖内の堆砂対策として全国のダム河川で実施されている「ダム下流域への置き土」(以後、「土砂還元」)が,河床環境の改善のみならず,生物群集や生物多様性をも改善することを初めて定量的に検証しました。本研究の成果から,ダム河川における「土砂還元」事業が生物の個性豊かな川づくりを可能にすると期待できます。また本研究は,劣化した河川生態系を改善するには適切な土砂量が重要であることを指摘することで,今後の「土砂還元」事業の手法についても提案しました。
本研究成果は,令和3年(2021年)4月8日18時(日本時間)に,英国科学誌「Scientific Reports」に
オンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
ダム湖の堆砂対策としての「置き土」が劣化した河川環境と生物多様性を同時に回復させることを初めて検証(PDF)
2021-04-12
日本列島人(ヤポネシア人)の起源と形成を文理融合で研究する,文部科学省新学術領域研究「ヤポネシアゲノム」の特集号が,日本人類学会の機関誌であるAnthropological Scienceに刊行され、そこに 6編の論文が掲載されました。
これらの研究は,青山学院大学,国立遺伝学研究所,国立科学博物館,国立国際医療研究センター研究所,佐賀市教育委員会,東京大学,新潟医療福祉大学,北海道大学,山梨大学の研究グループ(所属機関名五十音順)の成果です。本学院からは,生物圏科学専攻の鈴木仁教授が執筆されています。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
日本人類学会の機関誌Anthropological Scienceの「ヤポネシアゲノム特集号」に掲載された6論文のご紹介(PDF)
2021-03-31
本研究院の博士研究員(在籍時)のPizza KA Chow 博士と内田健太博士,小泉逸郎准教授らの研究グループは,都市のどのような環境がリスの新規課題解決能力に影響するのかを明らかにしました。最近の研究から,都市に進出した鳥類や哺乳類が,本来の生息地に住む同種他個体と比べて柔軟に新規課題を解くことがわかってきました。一方で,どのような都市環境がこうした認知能力に影響するのかは不明なままでした。
研究グループはパズルボックスを北海道帯広市の複数の公園に生息するエゾリスに解かせるというユニークな手法を用いて,新規課題解決能力に及ぼす環境要因を検討しました。その結果,ヒトが多い都市公園ほどパズルを解く成功率が低下すること,公園の周りにビルなどの構造物が多いほど成功率が低下すること,エゾリスが多い公園ほど成功率が低下することが明らかとなりました。一方で,成功した個体は,パズルを解いている時に周りにヒトが多いほど,より短い時間でパズルを解きました。これらの結果は,ヒトが多いと一部の個体はパズルを解くのを諦める一方,一部の個体はより素早くパズルを解くことによってヒトとの接触を減らしていると推察できるかもしれません。
本成果は都市に生息する動物が本来と異なる環境下でどのように振る舞っているのかを理解する大きな手がかりとなります。また,一見ヒトとうまく共存しているように見える動物でもヒトを避けて暮らしていることが示唆され,都市環境における野生動物とヒトとの共存を考える上でも重要な知見です。
なお,本研究成果は,2021年3月31日(水)公開のProceedings of the Royal Society B誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
都市のリス,どんな環境でパズルを解ける?~異なるストレス環境下でどう振る舞うか~(PDF)
2021-03-30
本学院地球圏科学専攻修士課程2年の岸紗智子さんと大島慶一郎教授・西岡純准教授(共に低温科学研究所)らの研究グループは,自動昇降する酸素センサー付きプロファイリングフロートにより,オホーツク海の広範囲を13年間にわたって連続観測を行い,海水中に溶けている酸素量の変動から,初めて正味の生物生産量(純群集生産量)を見積もることに成功しました。その見積もりによると,純群集生産量は春,直前に海氷が存在していた海域で圧倒的に大きい値になることが示され,春の植物プランクトンの顕著な大増殖(春季ブルーム)は海氷融解によってもたらされていることを初めて定量的指標をもって明らかにしました。この原因として,密度(塩分)の低い海氷融解水によって作られる強い成層(密度差)の他に,海氷が融解することで放出される物質(鉄分であることが有力)が重要であることも示唆されました。今回見積もられた海氷融解域での純群集生産量の値は,世界で最も顕著な春季ブルームが起こる南大洋氷縁域にも匹敵するもので,オホーツク海の高い生物生産を定量的な指標で示した結果でもあります。
本研究は科学研究費補助金・基盤研究S(課題番号 17H01157; 20H05707)の助成を受けて実施されました。なお,本研究成果は,2021年3月26日(金)公開のGeophysical Research Letters 誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
オホーツク海の高い生物生産は海氷の融解によることを解明~フロート観測による初の融解期の正味生物生産量の推定~(PDF)
2021-03-25
本学院地球圏科学専攻のEvgeny A. Podolskiy助教(北極域研究センター),杉山慎教授(低温科学研究所)らの研究グループは,グリーンランドの氷河と海洋の境界で見られるプルーム中での直接観測に成功し,これまで主に数値シミュレーションから予想されていたプルームの動態を,観測によって初めて明らかにしました。
水温,塩分,深度センサーを氷河前のプルームに直接投入して,海水特性の変化を高頻度でモニタリングした結果,氷河の融解や氷河湖の決壊に伴う淡水の流出,潮汐変動,フィヨルド内外の海水交換などにより,従来考えられていたよりもダイナミックに海水特性が変化することが明らかになりました。プルームはフィヨルドのポンプとして海水をかき混ぜ,氷河末端の水中融解とカービングの促進,栄養豊富な海水の循環など,氷河変動と海洋環境に大きな役割を果たします。本研究により,フィヨルドの海水循環モデルの高度化や氷河・海洋境界現象の理解が進み,グリーンランドにおける氷河変動と海洋生態系の理解への貢献が期待されます。
本研究成果は,2021年3月25日(木)公開のCommunications Earth & Environment誌にオンライン掲載されました。
なお,本研究は,科学研究費助成事業,ArCS北極域研究推進プロジェクト,ArCS II北極域研究加速プロジェクトの助成を受けて実施されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
グリーンランドで氷河ポンプの直接観測に成功~氷河前に湧き上がる融解水の実態を解明~(PDF)
2021-03-16
本学院生物圏科学専攻博士後期課程(在籍時)の福井翔さん,同博士前期課程(在籍時)の澤田史香さん,小泉逸郎准教授と北海道立総合研究機構さけます・内水面水産試験場の春日井潔研究主幹らの研究グループは,日本では北海道だけに生息する絶滅危惧種であるオショロコマ(サケ科イワナ属魚類)と北米原産の外来カワマスが野外で交雑していることをDNA解析から明らかにしました。また,両者の雑種(雑種第1世代)は妊性があり,雑種第2世代目以降も存在していることも確認されました。さらに,ある交雑個体は同じ河川に生息する別種であるイワナ(アメマス)のミトコンドリアDNAを保有していました。今回の調査ではカワマスとアメマスの交雑個体は確認されませんでしたが,過去には複数の河川で報告されています。
これらの事実から,人為的に移入されたカワマスが北海道の在来イワナ属2種の純粋な遺伝子を撹乱する(遺伝子汚染)可能性が示唆されました。オショロコマとカワマスは外見が似ており,特に雑種2世代目以降では判別が難しく,知らない間に遺伝子汚染が広がることも考えられます。カワマスは美しい魚で味も良く,一部の地域では釣魚としても人気が高いですが,在来生態系に与える影響も考慮して適正に管理する必要があります。本研究成果は希少在来種の保全政策を立てる際に有用であるのはもちろん,水産資源やレクリエーションとしての需要がある外来種の管理を考える上でも重要になります。
なお,本研究成果は,タカラ・ハーモニストファンド助成を受け,2021年2月25日(木)公開のZoological Science誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
オショロコマと外来カワマスの交雑を確認~希少在来魚の保全政策に貢献~(PDF)
2021-03-15
日本をはじめ、アジア各国の典型的な景観の一部として親しまれる水田には、水田や周辺地域の気温上昇を緩和させる効果があることが知られています。一般に、盛んに蒸散している植物は気化冷却)により植物体温が低くなることから、特に晴天の日中に周辺の気温上昇を抑えますが、大気中のCO2濃度が上昇すると、植物体の気孔の開き具合(気孔開度)が小さくなるため、蒸散が減ることで、植物による気温上昇を抑制する効果が低下します。このため「水田の気象緩和効果」は将来的に低下するのではないかと懸念されています。そこで、農研機構と本学院地球圏科学専攻の渡辺力教授(低温科学研究所)らの研究グループは,水稲の気孔応答による温度の変化と上空の大気層との相互作用を考慮した、大気–水田生態系結合モデルを開発し、関東付近の市街地を含む水田が広がる地域を対象にシミュレーションをおこないました。その結果、現在の夏季の典型的な晴天日における水田の日中の最高気温は、対象とした地域の市街地と比べて2℃ほど低くなることが示されました。しかし、大気CO2濃度が倍増した条件では、水稲の蒸散が減って気温上昇抑制効果が減り、水田の気温は0.2~0.7℃(平均で0.44℃)ほど現在よりも上昇することがわかりました。市街地では水田の気温上昇の影響を受けて平均で 0.07℃上昇しますが、市街地のうち水田地帯に隣接するような場所では最大で0.3℃ほど気温が上昇すると推定されました。
これらの結果より、将来、大気中のCO2濃度が上昇すると、「水田の気象緩和効果」が低下し、水田およびその周辺地域の日中の最高気温が上昇することが分かりました。また温暖化による気温上昇と相まって、水田では夏季の高温によるお米の品質低下や不稔などの障害リスクが増加する可能性が懸念されます。
本成果は、国際科学誌 Boundary-Layer Meteorology に掲載されました(オンライン版2021年3月5日)。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
水田は周辺地域の気温の上昇を緩和しているが、その効果は大気CO2の増加により低下する(PDF)
2021-03-01
本学院地球圏科学専攻博士後期課程の近藤研さんと同専攻の杉山慎教授(低温科学研究所)らの研究グループは,現地観測データと数値モデルによって,グリーンランドで氷河から流出する河川が引き起こした洪水のメカニズムを明らかにしました。
北極域では気温上昇に伴って氷河の融解が増加しています。氷河の融解は海水準の上昇や海洋環境の変化だけでなく,洪水災害などによって現地で暮らす人々にも影響を与えます。本研究を実施したグリーンランド極北の集落カナック村でも,2015年と2016年に村を流れる氷河流出河川が増水して,道路決壊や橋の流失などの被害が生じました。
そこで研究グループでは,氷河と河川の現地観測で得たデータに,日本における雪氷研究で培われた数値モデルを適用し,カナック村で洪水が発生した際の気象条件から河川流量を再現しました。その結果,2回の洪水は氷河の激しい融解と数年に一度の豪雨が原因と判明しました。また,2100年までに予測される4℃の気温上昇によって,河川への流出水量が現在の3倍に達することが明らかになりました。
以上の結果は,今後さらなる気温上昇や雨量増加が予測される北極域において,洪水のリスクがより深刻化する可能性を示しています。本研究成果によって,近年の気候変動が北極域の人間社会に及ぼす影響の理解が進み,極域に暮らす人々の安全な将来設計に貢献することが期待されます。
本研究成果は,2021年2月17日(水)公開のJournal of Glaciology誌にオンライン掲載されました。なお,本研究は,ArCS北極域研究推進プロジェクト,ArCS II 北極域研究加速プロジェクトの助成を受けて実施されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
北極域の氷河が引き起こす洪水災害のしくみを解明~極北の集落カナック村に現れた気候変動の爪痕~(PDF)
2021-02-05
本学院生物圏科学専攻修士課程の長谷川貴章さんと仲岡雅裕教授(北方生物圏フィールド科学センター)は,魚類が海水中から取り込むマイクロプラスチックの量について,水中から直接摂取するよりも,餌生物を介して摂取する方がはるかに多いことを明らかにしました。
プラスチックごみによる海洋汚染が世界中で進む中,特にマイクロプラスチックが海洋生物へ与える影響が懸念されています。魚類はマイクロプラスチックを海水中から直接取り込むだけでなく,餌を食べることで間接的に取り込みますが,2つの経路の相対的な重要性はこれまで不明でした。そこで本研究では,肉食性魚類シモフリカジカとその餌生物であるイサザアミ類を用いて,魚類のマイクロプラスチック摂取における餌生物を介した経路の重要性について検証しました。
その結果,シモフリカジカはマイクロプラスチックを含んだイサザアミ類の摂食により,水中から直接摂取するよりも3~11倍の量のマイクロプラスチックを取り込んでいることが判明しました。また,マイクロプラスチックがアミに取り込まれる過程で細粒化されるため,餌生物を介してカジカ体内に取り込まれるマイクロプラスチックは直接取り込むものより粒径が小さくなっていました。
マイクロプラスチックは細粒化されると体内組織に移行して悪影響を与えることが指摘されています。また,プラスチックは有害化学物質を含んでおり,これも食物連鎖を通じて濃縮することにより高次消費者へ影響を与える可能性があります。それらの影響に関する研究の進展が期待されます。
なお本研究成果は,2021年1月9日(土)公開のEnvironmental Pollution誌に掲載されました。詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
魚類は餌生物を通じてマイクロプラスチックを大量に取り込む~マイクロプラスチック汚染の食物連鎖を通じた波及効果を解明~(PDF)
2021-01-20
本学院生物圏科学専攻の早川卓志助教,東京工業大学生命理工学院の二階堂雅人准教授,株式会社 digzymeの鈴木彦有博士,アデレード大学のFrank Grutzner 教授,コペンハーゲン大学のYang Zhou 研究員,Guojie Zhang教授らの国際共同研究グループは,『単孔類』と呼ばれる「卵を産む哺乳類」であるカモノハシとハリモグラの高精度な全ゲノム塩基配列の決定に成功し,単孔類がどのように進化しているかを明らかにしました。
カモノハシはオーストラリア東部の河川や湖沼に,ハリモグラはオーストラリア全土とパプア島の陸地に生息しています。単孔類はカモノハシとハリモグラの2グループしかおらず,どのように哺乳類が卵を産む爬虫類的な祖先から進化したのかを教えてくれる貴重な存在です。
早川助教ら日本グループは,カモノハシとハリモグラの化学感覚(味覚,嗅覚など)の進化に注目しました。その結果,両種は哺乳類全体でも特別な進化をしており,明確な違いがありました。具体的には,①ハリモグラは苦味受容体遺伝子がとても少ないこと,②一方でハリモグラは嗅覚受容体遺伝子を沢山持つこと,③カモノハシはフェロモン受容体遺伝子を沢山持つことがわかりました。
本研究成果はハリモグラが餌となるアリやシロアリが発する匂いを頼りに餌を探していることや,水中生活者のカモノハシがフェロモンを用いて効率よく仲間とのコミュニケーションや繁殖をしている可能性を示しており,哺乳類のゲノムと生態を結びつける重要な知見です。
なお,本研究成果は,2021年1月6日(水)公開のNature誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
カモノハシとハリモグラの全ゲノム解読に成功!~世界でたった 2 グループしかいない「卵を産む哺乳類」のゲノムの進化を解明~(PDF)
2021-01-15
本学院生物圏科学専攻博士後期課程2年の中野有紗氏,星野洋一郎教授(北方生物圏フィールド科学センター),千葉大学環境健康フィールド科学センターの三位正洋名誉教授の研究グループは,植物の胚乳を培養することで,二倍体の植物から三倍体と六倍体を同時に作出する技術を考案しました。
植物の倍数性レベルが上がると花や果実,葉のサイズが大きくなるなどの利点があります。倍数体を作出してその利点を品種改良に利用する方法は,倍数性育種として知られています。これまで,三倍体や六倍体を作出するためには,コルヒチンによる倍加と交配を行う必要があり,多くの時間と手間が必要でした。本研究では,胚乳が三倍性を示すことに着目し,ヒガンバナ科のマユハケオモト(ハエマンサス:Haemanthus albiflos)を材料に,胚乳培養とコルヒチン処理を組み合わせることで,交配を経ずに三倍体と六倍体を同時に作出する手法を考案しました。
未熟な種子を滅菌して,胚乳と胚を分離して摘出し,組織培養を行いました。胚乳はカルス形成を経て,植物成長調節物質を添加しない培地に移すことで植物体が再生されることがわかりました。この再生した植物は,染色体観察とフローサイトメトリーによるDNA量の測定によって三倍体であることを確認しました。次に,胚乳由来カルスにコルヒチンを処理することで六倍体を誘導しました。興味深いことに,胚乳由来カルスは胚形成能をもち,不定胚経由で植物体になっていました。
植物の胚乳は,種子の中の大部分を占め,胚に養分を供給する役割を担っています。イネやトウモロコシでは,可食部分が胚乳です。多くの植物では,重複受精により二倍体植物の胚乳は三倍性となります。しかし,胚乳は胚に養分を供給する役割を終えると退化してしまい,植物にはなりません。
近年,胚乳を組織培養することによって,二倍体の植物の胚乳から三倍体ができることがわかってきましたが,本研究では,マユハケオモトの胚乳が高い植物体再生能を保持することを明らかにするとともに,コルヒチン処理と組み合わせることで三倍体と六倍体を同時に作出する培養系を確立し,胚乳培養の応用可能性を示しています。
なお,本研究成果は,2020年11月27日(金)公開のPlant Cell, Tissue and Organ Culture誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
植物の胚乳から三倍体と六倍体を同時に作る技術を開発~倍数性育種の新たな手法を考案~(PDF)
2021-01-15
梅雨は東アジアの初夏に特徴的な現象で,時に令和2年7月豪雨や西日本豪雨(平成30年7月豪雨)のように甚大な災害を引き起こします。梅雨前線は低温のオホーツク海高気圧と暖かい太平洋高気圧の間にできる前線と説明されることが多いですが,オホーツク海の役割を明確に示した研究はありませんでした。地球環境科学研究院の中村哲博士研究員,山崎孝治名誉教授らは三重大学の立花義裕教授らと共に,低温のオホーツク海が太平洋高気圧を強め,ひいては梅雨の降水量を増やすことを数値シミュレーションにより明らかにしました。さらに,オホーツク海高気圧が無くとも梅雨現象は起こることを示し,梅雨にとってオホーツク海は副次的な役割であると示しました。
なお,本研究成果は,2020年12月15日公開のJournal of Climate誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
低温のオホーツク海は,梅雨と夏の太平洋高気圧を強めている~西日本豪雨にも影響か?~(PDF)
2020-12-28
本学院生物圏科学専攻博士前期課程(在学時)の藤田凌平氏,同専攻の星野洋一郎教授(北方生物圏フィールド科学センター),本学大学院医学研究院の早坂孝宏特任助教(現:高等教育推進機構・学術研究員)と神繁樹博士研究員,大学院保健科学研究院の惠淑萍教授による共同研究グループは,ハスカップとミヤマウグイスカグラの種間雑種を育成し,イメージング質量分析法により果実中のアントシアニンの分布パターンを明らかにしました。
ハスカップは,北海道に自生する木本性の植物で,その果実はベリー類として利用されています。星野教授らは,これまでハスカップの遺伝資源の調査と形質改良の研究を進めてきました。本研究では,ハスカップのバリエーションを広げるために,ハスカップの近縁種である赤い果実をつけ食味がよいミヤマウグイスカグラとの種間交雑を行い,種間雑種を育成しました。
種間雑種によって出来た果実は,両親の中間型を示しました。主要な果実成分であるアントシアニンの果実内の分布の様相を両親と比較しながら詳細に解析するために,イメージング質量分析法を適用しました。いずれの果実においても,アントシアニンは果実の皮に局在していることがわかりました。また,興味深いことに,形態的には中間型を示した種間雑種の果実において,いくつかのアントシアニン類は両親よりもその濃度が高いことがわかりました。形態的には両親の中間型を示す種間雑種において,両親よりも高い濃度の成分を含むことは興味深い事象として捉えられます。イメージング質量分析法は,果実のどこに何の成分が分布しているか(定性)と,その成分がどのくらいあるか(定量)を同時に解析できることから,農産物の評価に有効な手法であるといえます。
本成果は,農学,医学,保健科学等の専門分野と分析技術を生かした北海道大学内の共同研究によるものであり,また,今後ハスカップの種間交雑を利用した新たなベリー類の開発が期待されます。なお,本研究成果は2020年10月30日(金)発刊のPlant Science誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
ハスカップの種間雑種を育成し,果実のアトンシアニン類のイメージングに成功~北海道大学の農学・医学・保健科学の専門知識・分析技術を生かした共同研究成果~(PDF)
2020-11-30
本学院環境起学専攻の先崎理之助教と本学大学院農学院博士後期課程の北沢宗大氏は,信州大学大学院総合理工学研究科の松宮裕秋氏,同農学部の原 星一氏(ともに卒業済),東京大学大学院農学生命科学研究科博士後期課程の水村春香氏と共同で,絶滅危惧鳥類・アカモズの日本国内における繁殖個体数と,過去100年間の繁殖分布域の縮小程度を明らかにしました。
アカモズ亜種アカモズ(Lanius cristatus superciliosus)はかつて,北海道大学構内や長野市善光寺,東京都23区内をはじめとして,北海道から本州にかけての多くの地域に普通に生息していました。しかし,1990年代以降に劇的な個体数・分布域の減少が報告され始め,現在は環境省のレッドリストで絶滅危惧IB類に選定されています。こうした状況にもかかわらず,現在は国内の「どこに」「どのくらい」のアカモズが生息しているのか,これまで「どの程度」減少してきたのかは定量的に調べられてきませんでした。
そこで本研究では,日本全国を対象として,2010~2019年にアカモズの新規繁殖地の捜索と,既存の繁殖地における個体数調査を実施しました。その結果,本亜種の国内の繁殖個体数はわずか332個体程度であることが判明しました。更に,調査で明らかになった現在の分布域を,過去の文献やデータベースから推定された過去の分布域と比較したところ,過去100年間で本亜種の分布域が90.9%縮小したことが明らかになりました。これらの数値は,国際自然保護連合(IUCN)が定義するレッドリストカテゴリーのうち,絶滅の危機に瀕している種(EN)の基準を満たし,深刻な絶滅の危機に瀕している種(CR)の基準にも迫っています。そのため,本亜種は絶滅の危険性が非常に高く,一刻も早い保全活動の実施が望まれます。
本研究成果は,2020年11月17日(木)公開のBird Conservation International誌でオンライン出版されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
絶滅危惧鳥類アカモズの危機的状況を明らかに~日本国内の繁殖個体数と繁殖分布域の縮小の程度を初めて算出~(PDF)
2020-11-30
本学院の川西亮太特任助教と本学総合博物館の大橋慎平技術補佐員(当時)は,17年前の2003年に東シナ海で採集された同館分館水産科学館所蔵の深海サメ(トガリツノザメ)の口の中に,大型のウオノエ科甲殻類(全長約6cm)が寄生したまま保存されているのを発見しました。
3Dスキャンなどによる詳細な形態観察の結果,これまでブラジル南部の大西洋から一度だけ報告されていたElthusa splendidaであると結論付け,今回の標本を基に標準和名「オオウオノエ」を提唱しました。世界に300種以上が生息するウオノエ科ですが,魚の口の中という極めて限られた空間に寄生する種としては世界最大級です。ブラジル南部は東シナ海と地球の裏側の関係にあり,このウオノエが大西洋から太平洋にかけての深海に広く生息している可能性を示しています。魚類に寄生して暮らすウオノエ科甲殻類は深海起源である可能性が指摘されていますが,深海域は調査を行いにくいため,どのようなウオノエの仲間がどの地域に生息しているのかもよくわかっていません。今後も,深海魚をはじめとした様々な博物館標本を調査することで,謎に包まれたウオノエ科の分布や生態の解明が進むと期待されます。
なお本研究成果は,2020年11月17日(火)公開のSpecies Diversity誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
博物館所蔵の深海サメから世界最大級のウオノエ科甲殻類を発見~世界で 2 例目,太平洋初~(PDF)
2020-11-17
本学院環境起学専攻の先崎理之助教とカリフォルニアポリテクニック州立大学のClinton Francis准教授らの国際研究グループは,アメリカ全土における 142 種の鳥類の繁殖活動に人為騒音と人工光が大きく影響していることを明らかにしました。
近年,多くの研究が鳥類を含む動物の行動への騒音と人工光の影響を明らかにしてきました。しかし,騒音と人工光が動物の繁殖活動にまで影響するのか,もし影響するならその影響は広域的なのか,他の環境要因と比較してどの程度の影響なのか,どんな特徴を持つ動物が影響を受けやすいのかといったことはわかっていませんでした。
そこで,2000-2014年にアメリカ全土で市民科学者によって収集された 142 種・58506 件の鳥類の繁殖活動データと高解像度の人工光・騒音の空間分布図を用いて,騒音と人工光が鳥類の繁殖活動に与える影響を定量化しました。その結果,静かな環境と比較して大きな騒音に晒された環境では,森林性鳥類の一腹卵数(巣内に産み落とされた卵の数)と繁殖成功率(雛が巣立つ確率)がそれぞれ約12%及び約19%低下しており,抱卵放棄率も約15%増加していました。さらに,暗い環境と比べて強い人工光に晒された環境では,開放地性鳥類及び森林性鳥類の双方が3~4週間早く卵を産んでおり,森林性鳥類では一腹卵数が約16%増加していました。これらの結果から,生物群集の繁殖活動への騒音と人工光の広域的な影響が初めて明らかになりました。本研究は,生物多様性に対する騒音と人工光の影響緩和策の必要性を示す重要な成果です。
なお,本研究成果は,2020年11月11日(水)公開のNature誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
鳥類の繁殖活動への騒音と人工光の広域影響を解明~生物多様性保全戦略における騒音・人工光の影響緩和策の必要性を示唆~(PDF)
2020-11-13
本学院生物圏科学専攻の大原雅教授並びに若菜勇客員教授(釧路国際ウェットランドセンター)らの研究グループは,阿寒湖におけるマリモ(Aegagropila linnaei)の繁殖実態を初めて明らかにしました。
美しい球状の集合体を形成することで知られるマリモは,環境省RDBで絶滅危惧I類に指定されるなど,世界的に個体数の減少が進んでおり,保全の基礎となる成長や繁殖に関する研究の進捗が求められています。マリモが遊走子(胞子)を形成することは古くから知られていましたが,観察例が極めて少なく,マリモ集団は主に栄養成長によって維持されていると考えられてきました。
本研究では,国の特別天然記念物に指定されている阿寒湖のマリモを対象に,2017年と2018年の春から秋にかけて,湖内の生育状態の異なる5カ所の集団について遊走子の形成実態を調査しました。その結果,4本鞭毛を有する遊走子の形成が,藻体が集まって球状になる集合型のマリモ集団1カ所と藻体が岩石等に付着する着生型の集団の2カ所で確認されました。遊走子の形成時期は,両年とも8月中旬から9月上旬にかけてで,再現性があるものの,遊走子を形成した藻体の割合は最大で1.3%と極めて低いことが明らかになりました。これまで,マリモの遊走子形成は稀にしか起こらない偶発的な現象と考えられてきましたが,今回の結果は低い割合ではあっても一定の時期に繁殖していることを示します。また,遊走子が発芽・成長することも確認されており,遊走子が新しい個体の供給源になる一方で,低い形成率が長期に及ぶ栄養成長の継続を通じてマリモの特徴である集合形態の維持・発達にも寄与しているものと見られます。
なお本研究成果は,2020年9月17日(木)公開のAquatic Botany誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」の繁殖生態を解明~絶滅が危惧されるマリモの保全に大きく前進~(PDF)
2020-10-28
本学院環境起学専攻の野呂真一郎教授(地球環境科学研究院)と環境物質科学専攻の中村貴義教授(電子科学研究所),本学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の土方優特任准教授,株式会社リガクの佐藤寛泰研究員らの研究グループは,イオン液体中の二酸化炭素の様子を柔らかい結晶を使って可視化することに成功しました。
大気中の二酸化炭素濃度上昇は地球温暖化の原因の一つとして知られており,二酸化炭素を大気中に放出する前に高効率に分離回収する試みが世界中で行われています。回収法の一つであるイオン液体による吸収法はこれまで精力的に研究されてきましたが,規則正しい構造をもたない液体であるがゆえに,イオン液体中に吸収された二酸化炭素の構造を見る・知ることはこれまで困難でした。本研究では,液体の柔らかさと結晶の規則性を兼ね備えた柔らかい結晶中にイオン液体成分を組み込むことで,イオン液体中に吸収された二酸化炭素の状態を可視化することに成功しました。本研究成果は,二酸化炭素分離の高効率化へ向けた材料設計に重要な指針を与えることが期待されます。
なお,本研究成果は,2020年10月27日(火)公開のCommunications Chemistry誌に掲載されました。また,本研究は,文部科学省科学研究費補助金「挑戦的研究(萌芽)」(18K19864),北海道大学「物質科学フロンティアを開拓するAmbitiousリーダー育成プログラム」による支援を受けて行われました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
柔らかい結晶を使って液体中の二酸化炭素の様子を可視化~二酸化炭素分離の高効率化に期待~(PDF)
2020-10-23
本学院地球圏科学専攻の宮﨑雄三助教,西岡純准教授(低温科学研究所),鈴木光次教授,山下洋平准教授(地球環境科学研究院)らの研究グループは,亜寒帯西部北太平洋での船舶による大気と海水の同時観測から,海洋植物プランクトンの細胞老化が進むほど,海しぶきによって大気へ移行する有機物の量が増えることを明らかにし,大気微粒子(エアロゾル)がもつ雲粒の生成能力を抑制する可能性を初めて示しました。
大気エアロゾルは太陽光を散乱・吸収するほか,雲の量や降水過程に影響を与えるなど,気候変動に重要な役割を果たします。エアロゾルに最大80~90%含まれる有機物は雲生成の促進・抑制を決定づけると考えられています。地球の表面積の約7割を占める海洋の表面では,微生物の活動に伴う有機物が海しぶきにより大気へ放出されますが,海洋大気中の有機物量を支配する要因は明らかではありません。研究グループは海洋植物プランクトンの細胞「老化」に着目した指標を新たに用い,細胞老化が進むほど,海水中及び海しぶきとして大気へ放出される有機物の量が増えることを明らかにしました。さらにこの細胞老化に伴う大気エアロゾルの有機物量の増加は,雲の生成を「抑制」する可能性があることを見出しました。本成果は,温暖化等による海洋表層の植物プランクトンの活動度の変化が,大気への有機物の放出を通して雲の生成に影響することで起こる,将来的な気候影響を評価・予測する上で重要な知見となることが期待されます。
なお,本研究成果は,2020年10月12日(月)公開のScientific Reports誌にオンライン掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
海洋微生物の「老い」が雲の生成を抑える~雲の生成を制御する大気中の有機物量の指標として,海洋微生物の老化度を新たに提唱~(PDF)
2020-10-05
本学院地球圏科学専攻の杉山慎教授,西岡純准教授(低温科学研究所)および深町康教授(北極域研究センター)は,本学北方生物圏フィールド科学センターの野村大樹准教授,東京大学大気海洋研究所の漢那直也研究員(日本学術振興会特別研究員・元北海道大学北極域研究センター)と共同で,グリーンランドのカービング氷河から流出する,鉄分に富んだ融け水が,窒素,リンなどの栄養塩に富む海水と混ざって海面へ湧き上がり,夏の間のフィヨルドの生物生産に大きく貢献することを明らかにしました。
氷の融け水は,水深200mにある氷河の底からフィヨルドに流出し,その場の海水を巻き込んで湧昇します。ポンプを使ったように海面へ汲み上げられた融け水と海水は,周囲の海水に比べ鉄分と栄養塩を豊富に含んでおり,フィヨルドの広域に広がり植物プランクトンの増殖を促します。
カービング氷河が流入するグリーンランドのフィヨルドには,氷河の恵みを受けた豊かな生態系が広がっています。今後,北極域の温暖化が進行してカービング氷河が消失すれば,氷河の融け水による汲み上げポンプの機能が失われて生態系に大きな影響が予想されます。本研究は,グリーンランドで加速している氷河の融解が,フィヨルドの生態系に与える影響の理解への貢献が期待されます。
本研究成果は,2020年9月28日(月)公開のGlobal Biogeochemical Cycles 誌にオンライン掲載されました。なお,本研究は,ArCS北極域研究推進プロジェクト,ArCS II 北極域研究加速プロジェクト,日本科学協会の助成を受けて実施されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
氷河ポンプがフィヨルドの豊かな海洋生態系を支える~海の栄養分が補給・撹拌・移送されるしくみを解明~(PDF)
2020-09-20
本学院地球圏科学専攻の西岡純准教授(低温科学研究所),東京大学および海洋研究開発機構の合同研究チームは,シベリアとアラスカの間に位置する“アナディル海峡”で海洋調査を行い,北極海に流れこむ冷たい『湧き水』の存在を明らかにした。この観測は,ロシア極東海洋気象学研究所の「マルタノフスキー号」と海洋研究開発機構の海洋地球研究船「みらい」を用いて2017年と2018年の夏に行われた。それ以前の観測では,ロシア排他的経済水域(EEZ)内の観測が制限されているためにアメリカEEZ内であるアラスカ沿岸の調査結果が中心に報告されてきた。これによると,夏に北極海に流入する海水は極めて高温で,その温暖な海水が北極海の海氷分布を主体的に決定すると言われてきた。しかしながら,アナディル海峡の西側(ベーリング海北西部シベリア沿岸)海域を「マルタノフスキー号」で詳しく調査し「みらい」の広域調査(アラスカ沿岸)とあわせることで,冷たい水が下層から湧き出すポイントが存在し,その水が海峡を北上することで北極海の低水温と海氷の維持につながっていることが明らかになった。この発見によって今後,以前より高い精度での北極海の海氷予測の実現が期待される。また今後はアナディル海峡の冷水の起源を特定し,詳しい調査を行うことで北極海の海氷とベーリング海北西海域の気候変動との因果関係を明らかにしていく。
本研究成果は,Journal of Geophysical Research–Oceans誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
北極海の冷水の起源はシベリアにあった!シベリア沿岸に冷水湧昇帯を発見し,その物理メカニズムを解明(PDF)
2020-09-19
本学院地球圏科学専攻の青木茂准教授,平野大輔助教(低温科学研究所)ならびに博士後期課程の山崎開平さんは,海洋研究開発機構や東京海洋大学,水産研究・教育機構の研究者らとともに,オーストラリア南方の南極海の海底付近において,これまで加速度的に低くなってきているとされてきた塩分が,2010年代に反転して急激に高くなりつつあることを見出しました。これまで減ってきていた重い水の量も増えています。こうした海の変化の実態は,水産庁の開洋丸による広域海洋調査や東京海洋大学の海鷹丸による観測航海といった近年の日本による観測を,世界の過去の観測も含めて比較することで判明しました。この変化は,南極深海の海洋循環が強まりつつある可能性も提示しています。変化の原因は,この海域の上流側に位置する南極の棚氷の融解が,ここ何十年か加速してきていたものの,2010年代の前半に弱まったことにある可能性があり,南極氷床と深海との連動性を示すものです。今後の動向を見極めるためには,南極海モニタリング観測網の整備により,変化の傾向を引き続き注視していく必要があります。
本研究成果は,2020年9月15日(火)公開のScientific Reports誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
南極の海の底,もう甘くするのは止めました!?~数十年続いた淡水化傾向が逆転。南極海観測網の継続に期待~(PDF)
2020-08-26
本学院環境起学専攻の藤井賢彦准教授(地球環境科学研究院)と長野県環境保全研究所,九州大学,国立環境研究所,福井工業大学,総合地球環境学研究所及び東北大学(研究当時)の研究グループは,気候危機などの脅威にさらされている沖縄のサンゴ礁の保全に対する支払意志額を全国規模で推計すると共に,提供する情報の量や種類の効果を世界で初めて検証しました。本研究は,文部科学省気候変動リスク情報創生プログラム領域テーマ「課題対応型の精密な影響評価」JPMXD0712103606(研究代表機関:京都大学),環境再生保全機構の環境研究総合推進費 JPMEERF16S11520(研究代表機関:総合地球環境学研究所)及び JPMEERF20192007(研究代表機関:長野県環境保全研究所)の支援を受けて行われました。
なお,本研究成果は,Ecosystem Services誌に掲載されています。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
環境保全への協力意識に情報提供が与える影響を評価―寄付してもよいと思う金額は,文章と図表で情報提供すると12~19%増加,動画で情報提供すると逆に5~7%減少―(PDF)
2020-08-25
本学院地球圏科学専攻の平野大輔助教(低温科学研究所)と国立極地研究所の田村岳史准教授,海洋研究開発機構の草原和弥研究員らの研究グループは,現場観測と数値モデルの手法を融合し,暖かい海水の流入によって生じる白瀬氷河の顕著な融解プロセスを解明しました。近年,西南極では氷床の融解が加速していることが観測され,地球の海水準上昇への影響が危惧されています。一方,東南極ではその実態は未だよく分かっていません。南極・昭和基地のあるリュツォ・ホルム湾の奥には,南極で最大級の流動速度を持つ白瀬氷河が存在しますが,氷河融解の鍵となる海洋の観測は,厚い海氷に阻まれてほとんど行われていませんでした。しかし,第58次南極地域観測隊(2016-17年)では,過去約60年にわたる日本の南極観測で初めて,湾口から白瀬氷河の前面海域にいたるエリアでの大規模な海洋観測に成功しました。本研究では,この海洋観測データの解析を軸に,数値モデルや測地・雪氷学分野との融合研究を行い「白瀬氷河の下(底面)に,沖合起源の暖かい海水が流入することで顕著な融解が生じていること,また,その融解強度は卓越風の季節変動によってコントロールされる」という一連のプロセスを提唱しました。これは,西南極と比べて圧倒的に知見が乏しい東南極における氷床質量変動の理解向上に貢献すると期待されます。
本研究は,平野助教が中心となり,南極地域観測の第Ⅸ期重点研究観測プロジェクト「氷床・海氷縁辺域の総合観測から迫る大気−氷床−海洋の相互作用」(2016〜2021年度)のもとで,国立極地研究所,海洋研究開発機構,英国南極観測局との共同研究として実施されました。なお,本研究成果は,2020年8月24日(月)公開の Nature Communications誌に掲載されました。
詳細については,以下のプレスリリースをご覧ください。
暖かい海水が白瀬氷河を底面から融かすプロセスを解明~海洋観測と数値モデル,測地・雪氷学分野との融合研究~(PDF)