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ポストドクター

橋岡 豪人 「海洋生態系モデルによる地球温暖化に伴う生態系の変動予測
鍋嶋 絵里 「気象変動下における森林の炭素固定能と樹種の多様性」
山田 雅仁 「北海道大学雨龍研究林におけるダケカンバ林と林床植物の水収支の観測とモデリングに関する研究」


統合型プロジェクト2:大気・海洋・陸面・物資・生態統合モデル

志藤 文武 「温暖化がサンマ資源量にもたらす影響を見積もるモデルの開発」
奥田 武弘 「岩礁潮間帯固着生物群集における種多様性の緯度勾配の空間スケール変異性とその形成維持機構の解明」



温暖化

古関 俊也 「湿潤過程を介した中緯度大気海洋結合システム」
平池 友梨 「海氷海洋結合モデルを用いた南大洋の海洋循環における海氷の役割の解明」
伊佐田 智規 「地球温暖化予測で鍵となる海洋における植物プランクトンの光合成光利用特性と基礎生産力の時空間変化」

オゾン層破壊


生態機能低下

小林 誠 「森林帯境界域における優先樹木集団の分布域拡大にともなう遺伝変異と群集動態」
荒木 希和子 「森林の孤立・分断化が林床植物の存続に与える影響の定量的評価と保全」
日野 貴文 「シカによる生物多様性と栄養塩循環へのインパクト‐大規模野外操作実験による検証‐」
野本 和宏 希少種イトウを含む河川性魚類群集の多様性保全-氾濫原の生態的機能について-

汚染物質・環境修復

松浦 裕志 「北海道沿岸域における棘皮動物大量発生のメカニズム」
西川 慶祐 「生物間相互作用を担う天然有機化合物の全合成研究
   〜環境にやさしい防除剤の開発を目的とした10-Isocyanocadineneの全合成研究〜」
道見 康弘 「環境汚染物質低減のためのナノ構造規制電極触媒の創製に関する研究」
東岡 由里子 「石油炭化水素の嫌気条件下での微生物分解に関する研究」


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海洋生態系モデルによる地球温暖化に伴う生態系の変動予測
環境科学研究院  COE研究員  橋岡 豪人

背景
博士課程では、プランクトンの機能グループを明示的に表現可能な三次元生態系モデルを開発し、IPCCの IS92a温暖化シナリオに従った実験を行い、海洋生態の温暖化に対する応答を予測した。温暖化実験で得られた興味深い知見の一つは、温暖化による影響が季節的・海域的に一様に起こるわけではなく、季節的には春季、植物プランクトンが大増殖するブルームの時期に、海域的には亜寒帯域-亜熱帯域の移行域で特に大きいことであった。ブルーム期および移行域の低次生態系の変動は、小型浮き魚類など水産資源の変動を引き起こす可能性があり、その定量的予測は漁業資源の観点からも極めて重要な問題である。

研究目的
博士課程の研究から、温暖化に伴う移行域の変動の重要性が示唆されたが、これまでの中解像度モデル(水平解像度:1°×1°)では黒潮の再現性(離岸の緯度や水平流速など)が不十分であった。本研究では、西部北太平洋を対象とした高解像度モデル(水平解像度:1/4°×1/6°)を開発し、温暖化に対する応答を、より定量的に予測する。具体的には、文部科学省「人・自然・地球共生プロジェクト(共生プロジェクト)」の最新の温暖化実験の結果を用いた生態系の変動予測を行う。

研究計画
博士課程でモデル開発を行った経験を基に、以下の手順でモデルの開発を行う: (1) 共生プロジェクトの全球モデルと共通の実験設定で、西部北太平洋を対象とする領域海洋大循環モデルを開発する。(2) 海洋大循環モデルにプランクトンの機能グループを表現可能な生態系モデルを組み込む。(3) このモデルを共生プロジェクトの20世紀実験と地球温暖化実験の結果(物理環境のみ)を境界条件として生態系モデルをオフラインで計算する。そして、両実験結果の比較を通して生態系のへの影響評価を行う。
従来のオンラインの計算手法では、高水平解像度の複雑な生態系モデルの計算は困難であったが、オフラインモデルを開発し、北海道大学に新たに導入されたスーパコンピュータを使うことで、今回の計算が可能となる。高解像度モデルによる実験により現実的な黒潮の離岸緯度・流速が得られ、移行域の物理環境の再現性が劇的に向上すると期待される。これにより、これまで解像できなかった物理環境の変化が、生態系・物質循環ひいては水産資源に与える影響をより直接的に見積もることが可能となる。高解像度物理モデルに現実的な生態系モデルを組み込んだ温暖化実験は世界的にも非常に新しい取り組みである。

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気象変動下における森林の炭素固定能と樹種の多様性
環境科学研究院  COE研究員  鍋嶋 絵里

[1] 研究目的
森林は二酸化炭素の重要なシンクであり、森林の炭素固定能と温暖化との関係を明らかにすることは、地球環境変動の予測に不可欠である。私は、これまで取り組んできた樹木の成長モデルを発展させることで、将来の気象変動に対する森林の炭素固定能の変化を予測することを研究の目的とする。特に、生物の応答を考える上で重要な以下の2点に着目する。
1. 樹種の多様性は、森林の炭素固定能の変化にどのような影響を及ぼしうるか?
2. 環境に対する樹木の中・長期的な機能馴化は、森林の炭素固定能予測に影響を及ぼすか?

[2] 研究内容と方法
私が取り組んできた樹木の成長モデルは、北大苫小牧研究林の冷温帯落葉広葉樹林で測定された7年間のデータをもとに、気象変動に対する直径成長の応答を主要6樹種について表したものである。このモデルは、生理的なメカニズムに基づき、個体サイズの大小による成長応答の違いについても考慮している。このモデルを応用し発展させることで、上記の2つの目的に答えていく。
1. 樹種の多様性と森林の炭素固定能の変化
個体ベースの直径成長モデルを森林レベルに積み上げ、森林の炭素固定能モデルを構築する。仮想的な森林について、樹種構成とサイズ構造を変化させ、気象変動に対する森林の炭素固定能の変化をシミュレートする。これまでに得られている6樹種の気象への応答はいずれも異なっているため、これらの組み合わせや樹種数がシミュレーションの結果にどのような影響を及ぼすかを検証する。
2. 樹木の馴化と炭素固定能の中・長期的な変化
環境に対する生物の応答は一定ではなく、環境への馴化によって生物の応答性自体が変化する可能性がある。そこで、直径成長の気象に対する応答が数十〜百年前と現在とで異なるかどうかについて、樹木の年輪測定から検証する。年輪測定は、(i)10年生、(ii)50〜60年生、(iii)100年生以上 の3つの齢段階の樹木を対象とし、これらの齢段階間で同齢時の年輪幅変動と気象条件との関係を比較する。解析結果から数十〜百年前と現在とで気象応答の違いが見られた場合、これを1のモデルに適用し、森林の炭素固定能予測にどれだけの影響を与えうるかを検討する。なお、ここでは各齢段階で十分な個体数(各10〜20個体程度)の取れるミズナラを対象樹種として用いる。

[3] 研究計画
・ 苫小牧研究林においてミズナラの円盤もしくは成長錘を齢段階ごとに10〜20個体ずつ採取し、目的2の年輪測定を行う(5〜9月)。
・ 目的1について、7年間のデータから得られた個体ベースの直径成長モデルを森林レベルに積み上げ、森林の樹種構成とサイズ構造を変化させた場合のシミュレーションを行う(5〜8月)。
・ 目的2の年輪測定のデータをまとめ、解析を行う(9〜11月)。
・ 各結果を論文としてまとめる(目的1:9〜11月)(目的2:11〜1月)。

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北海道大学雨龍研究林におけるダケカンバ林と林床植物の水収支の観測とモデリングに関する研究
北海道大学低温科学研究所寒冷生物圏変動研究室
COE研究員  山田 雅仁

私たちの研究グループ(北海道大学低温科学研究所寒冷生物圏変動研究室ほか)では、1998年から北海道の北方林(北海道大学雨龍研究林)において林床植物(ササ)の刈り取りが高木層の優占樹種(ダケカンバ)に与える影響について研究を進めてきている。これまでの研究から、林床植物の刈り取りによってダケカンバの立木密度と生長量に対して差が認められ、また土壌水分に関しても両地点で差が認められた(Takahashi et al. 2003)ことがわかった。
一方、近年生態系の影響を評価するために、その対象となるスケールを認識して問題に取り組むことがますます重要となりつつある(e.g. Turner 2001)。森林の蒸発散量の評価に関しても、個葉、個体、群落、流域などのそれぞれのスケールにおいて、さまざまな切り口から多数の研究が行なわれてきた。しかし小スケールから大スケールにスケールアップする場合、問題となることがある。例えば群落スケールでの蒸散量は、サイズの異なった個体を数個体選択して測定を行ない、それらに毎木調査したデータを用いて個体サイズに応じて積算することによって群落スケールの蒸散量を評価してきた。その主要なスケールアップの方法は2つあるが、群落スケールの蒸散量が互いに大きく異なってしまうことが報告されている(Cermak, 2004)。その原因として、これらは蒸散量と関連性の高い葉量を考慮せずにスケールアップしているからだと考えられる。そこで、私はこれらの欠点を克服するために個体サイズと葉量の関係を明らかにしたShinozaki et al. (1964)のパイプモデルを応用して、群落レベルの蒸散量を評価したいと考えている。
これまでの研究成果として、ダケカンバの個体サイズに応じた個体スケールの蒸散量の季節変化について考察したところ、土壌水分の乾燥期及び落葉期にサイズの小さい個体が大きい個体と比較して、蒸散量がより小さくなることがわかった。また蒸散量の個体サイズ依存性は、林床植物を刈り取ったプロットでより大きくなることもわかった。さらに落葉になると、蒸散量の個体サイズ依存性の適用がしだいに難しくなることもわかった。
群落スケールでの蒸散量を評価するためには、微気象学的手法で測定された蒸発散量と比較する必要がある(蒸発散量は、別のグループが観測を行なっている)。そのためには、刈り取りを行なっていないプロットにおける林床植物の蒸散量及び土壌からの蒸発量を測定する必要がある。今年度は土壌からの蒸発量を測定できなかったので、来年度はぜひ土壌からの蒸発量を測定して、群落スケールの蒸発散量と比較を行ない、本研究で提案しようとしている群落スケールの蒸散量の妥当性を検討したいと考えている。
私たちの研究グループでは、森林動態を考慮した大気−陸面相互作用モデル(MINoSGI)の開発が行なわれており、流域及び全球スケールのモデルの開発も並行して行なわれている。本研究で明らかになった知見は、MINoSGIにも取り込まれて、より有意義な情報をモデルに提供することができると考えられる。

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温暖化がサンマ資源量にもたらす影響を見積もるモデルの開発
環境起学専攻
博士課程1年  志藤 文武(指導教官:山中康裕)
【研究背景】
日本近海のサンマは冬に本州の南で産卵し夏に千島列島沖で索餌する。秋に根室沖から三陸沖を中心に漁獲されるが豊漁と不漁の波が激しい。商業的な重要性から資源調査が盛んに行われており、水温と餌密度がサンマの成長や分布に影響を与えることが知られている。温暖化によって日本近海の水温や餌環境は大きく変化すると予測されているが、数十年後にこれまでどおりサンマは獲れるのだろうか。温暖化に伴う海況の変化による水産資源への影響も温暖化のリスクとして見積もる必要である。
【研究目的】
本研究は水産資源量を数値シミュレーションで予測するものである。サンマ1匹の体重に関しては、平均的な回遊経路上の水温・動物プランクトン条件から体重変化を計算し観測を再現する研究はなされてきた。しかし水平分布に関するモデリングは私の修士論文がはじめての試みであった。分布と体重変化を計算する2つのモデルを組み合わせることで、現在の気候値と温暖化条件下でどのくらい大きさのサンマがどの海域にどれだけの数分布するのか求められる。その中でサンマの分布や体長組成を決めるメカニズムを明らかにしたい。
【研究計画】
(1) サンマの二次元オイラーモデルの開発
修士論文ではサンマの個体数を濃度として扱う新しいタイプのモデルにより、観測分布に似たものを再現した。このモデルを改良し、サンマの体長別個体数の分布を計算する二次元モデルを開発し、より現実的な分布を再現する。
(2) 温暖化実験の出力結果を用いた実験
 開発されたサンマモデルに最新の温暖化実験の出力結果から水温・流速を、生態系モデルを用いた計算結果から動物プランクトン分布を与え、サンマの分布の季節変化を計算する。(1)の実験と比べて具体的には、黒潮の流速が増すことにより稚魚がより東方に流されることや、水温の上昇によって成魚はより北の海域に分布するようになること、餌密度の減少により大型魚が減り小型魚が増えるによることが予想されるが、それらの効果を定量的に検討する。


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岩礁潮間帯固着生物群集における種多様性の緯度勾配の空間スケール変異性とその形成維持機構の解明
生物圏科学専攻 動物生態学コース 
博士後期課程2年  奥田 武弘(指導教官:野田隆史)

【研究の背景及び目的】
地球温暖化に伴って、生物多様性が大幅に減少し、その空間パターンも大きく変化することが予想される。このような温暖化が生物多様性に及ぼす影響を明らかにするためには、現在の生物多様性の空間パターンとその形成維持機構を明らかにすることが不可欠である。
生物多様性の最も普遍的なパターンのひとつとして種多様性の緯度勾配があるが、この緯度勾配が空間スケールと共にどのように変化するかはよくわかっていない。種多様性の緯度勾配が空間スケールの縮小に伴ってどのように変化するかは、種のプールからのランダムな抽出のプロセスと、局所要因が小スケールの生息地に収容可能な種数の上限を決めるプロセスの相対的重要性が、空間スケールと共に変化することによって決定されていると考えられる。このことから、地域群集よりも小さな空間スケールにおける種多様性の緯度勾配の決定機構を明らかにするためには、空間スケールを階層的にデザインした調査を行い、各空間スケールにおける2つのプロセスの相対的な重要性を明らかにする必要がある。
本研究では、岩礁潮間帯固着動物群集を対象として空間スケールを階層的に配置した調査を行い、種多様性の緯度勾配の空間スケール変異性とその形成維持機構を解明することを目的とする。
【研究方法】
日本列島太平洋岸に6地域、各地域内に5海岸、各海岸内に5個の調査プロット、各プロット内に2個のコドラートを配置し、固着生物の出現種数の調査を2002年7月から年3回(4、7、11月)継続的に行っている。また、環境要因として気温、水温、岩温、栄養塩量、クロロフィル量、波あたりの強さを計測している。
1) 種多様性の緯度勾配は空間スケールに伴ってどのように変化するかを解明する
調査で得られたデータを基に、調査地の階層的な空間配置に対応して、各空間スケールにおいて複数の種多様性尺度を算出する。(種の豊度、シンプソンの多様度指数、相対優占度曲線などを予定)
2) 種多様性はランダムな抽出のプロセスのみで決定されるかを解明する
「地域の種のプールからのランダムな抽出のみによって種多様性が決定される」という帰無仮説を検証するために、各季節の調査データを基に帰無仮説に準じたランダマイゼーションを行い、ランダム群集を作成する。そして、実際に観察された種多様性と同様にランダム群集の種多様性も算出し、観察された種多様性と比較する。
3) 種多様性の緯度勾配に対する局所プロセスの影響を明らかにするために、
3−1)緯度勾配に対する局所プロセスとランダム抽出プロセスの相対的重要性を解明する
 ランダム群集から算出した種多様性を観察された種多様性と比較することによって、局所プロセスの影響の強さは緯度に伴って変化するのかを明らかにする。また、種多様性の緯度勾配はランダム抽出プロセスのみでどの程度説明することができるかを明らかにする。
3−2)緯度勾配にはどのような環境要因が影響を与えているのかを解明する
 地域よりも小さな空間スケールの種多様性の緯度勾配を各種環境要因でどの程度説明できるのかを明らかにする。
【研究計画】
(2006年度)
  野外調査:4〜5月・7〜8月・10〜12月に行う予定。
  データ解析:修士論文で用いた種の豊度の他の多様度指数に関する解析を行う予定。
  研究発表:5月現在論文投稿中である。
       2007年3月の生態学会にて研究発表を行う。
       また、海外で開催される国際学会での発表も検討中。
(2007年度)
  研究発表:投稿論文の執筆と博士論文の執筆を行う予定。

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湿潤過程を介した中緯度大気海洋結合システム
大気海洋物理学分野
古関 俊也(指導教官:渡部 雅浩


[研究背景・目的]
大気や海洋の循環はグローバルおよびローカルな気候を特徴づける大きな要因のひとつである。近年、高解像度数値モデルを使った気候変動に関する研究によって、地球温暖化予測例が数多く報告されている。しかし、地球温暖化に伴う気候変動は大気・海洋循環が温暖化によって変動した結果であると考えられるため、そのような気候変動を理解するためには温暖化数値実験の結果だけではなく現実の大気・海洋循環の本質的なメカニズムを理解することが重要である。また大気と海洋はそれぞれが独立ではなく、相互作用によって互いに影響し合っているため、両者を考慮しなければならない。さらに、大気海洋相互作用は複数のプロセスが関連し合っているためにその応答は複雑である。熱帯域ではENSOなどに注目し、数多くの大気海洋相互作用に関する研究がなされてはいるが、中緯度においてはまだ不確かな部分が多く残っている。特に、熱フラックスによる海洋から大気への結合プロセスは顕熱だけではなく潜熱 (水蒸気)も考えられる。水蒸気は大気中で降水となり潜熱を放出する。この潜熱は新たな熱強制をつくり、更に大気を駆動する。このような湿潤過程を介したプロセスについて定量的に行われた研究は例が少なく、理解が不完全である。こうした湿潤過程を含めた大気海洋結合系を考えることで、大気・海洋循環のみならず、温暖化によるバルクな降水パターンの変動・メカニズムの理解などにも応用することが期待できる。
そこで本研究では現実を比較的良く再現し、かつ本質的なメカニズムを理解するために理想化された大気海洋結合モデルを用いて中緯度の大気・海洋循環がどのような相互作用によって互いを維持し、現在の気候を形成しているかを解明することを目的とする。また温暖化による大気・海洋循環の変動メカニズムを理解する足掛かりとなることが期待できる。

[研究計画]
本研究は修士課程で行っていた研究をさらに深く追求するものである。修士課程では、数多くの数値実験を行うことで、中緯度大気海洋間のフィードバックの存在を示唆することができたが、大気が海洋に海洋が大気にどれだけ影響を及ぼしているのか定量的な議論はできていない。また用いた大気モデルは低解像度であり、現在の気候をあまりよく再現できていないことも不安材料であった。そこで、まず高解像度で再現性に優れた大気モデルと修士過程で使用していた海洋モデルとを結合させ、新しい大気海洋結合モデルを開発する。この新しい結合モデルを用いて、種々の数値実験を行う。実験結果から、修士課程では行えなかった大気海洋結合系を構成する各プロセスに着目にすることで、どのプロセスがどれだけ中緯度大気海洋結合系の気候形成に寄与しているのか定量的に考察する。その際に必要であるならば、より簡単な線形モデルを用いることでそのプロセスが結合系に与える影響を診断的に解析する。こうして現在の中緯度大気・海洋循環メカニズムをより深く本質的に理解ができれば、地球温暖化シミュレーションを行うことで温暖化による気候変動のメカニズムについての理解が得られることが期待される。


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海氷海洋結合モデルを用いた南大洋の海洋循環における海氷の役割の解明
起学専攻起学研究コース
博士後期課程1年 平池 友梨(指導教官:池田 元美 教授)

■ はじめに
地球温暖化による気温上昇は海洋の水温上昇をもたらし、大規模な気候変動やプランクトンの生産性の変化による生態系への影響が考えられている。過去の観測による研究から、南大洋の中層水や深層水で昇温していることが見出されている。しかし、南極周辺の海洋は温暖化実験でほとんど昇温しないとされている。温暖化実験に用いる大気海洋海氷結合モデルによる水 塊形成が現実的ではないために昇温速度が信頼できず、もっと研究が必要である。
モデルによる再現だけでなく、現在アルゴ計画やその他の観測による南大洋域の理解の重要性が認識されている。観測を困難にしている要因の一つである海氷は、様々な海洋との相互作用が考えられている。そのため、海洋循環や物質循環の将来予測には海氷を含む理解が必要である。南大洋の海洋循環における海氷の役割を明らかにすることは、温暖化による海氷の変動 の気候システムへの影響予測に役立つであろう。

■ これまでの研究と成果
修士課程では南大洋の海氷海洋結合モデルを構築し、南極中層水形成における海氷の役割について研究した。南大洋の海氷のシミュレーションは北極海と比較して数少なく、再現性のよいモデルは少ない。今回構築した結合モデルが観測された海氷をよく再現できたことから、今後このモデルを使用してさらなる研究が期待できる。また、研究の結果からは観測ではとらえることが困難な海氷の動きによる海洋の鉛直循環への影響を見ることができた。冬季のウェッデル海とロス海の氷縁での沈み込みは深さ 350m まで及んでいる事がこの研究で初めて明らかになった。
この研究ではモデル領域が狭く計算 時間も短い、海洋深層の密度成層が現実的でなく南極周極流の流量が小さい、という問題点があった。また、中層水の形成過程は十分に解析していない。今度モデルの改良によって南大洋の全体的な循環における海氷の役割をみることは可能となるだろう。

■ 研究計画
1. 中層水の形成・変質における海氷の役割について研究をする。特に、氷縁でのサブダクションに注目する。そのために、まずはモデル領域の拡張と海 洋部分の改良をし、海氷の風に対する抵抗係数などの感度実験をしてサブダクションの領域による違い、季節変動や経年変動について研究する。また、渦解像モデルの結果を解析することにより、氷縁で沈み込んだ冷たい低塩分水がどのようなメカニズムによって中層水に関わっているのかを明らかにする。

2. 改良した海氷海洋結合モデルを用いて実験を行い、南大洋の温暖化に対する応答と温暖化進行に果たす役割を明らかにする。実験には、温暖化実験によって得られた大気場をforcingとして与え、海洋密度分布を初期条件や境界条件に用いる。大気の温度や風の場、北大西洋深層水の循環の変化に伴う南大洋の海氷、海洋循環、中層水や底層水の形成過程の変化を定量的に議論していく。


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地球温暖化予測で鍵となる海洋における植物プランクトンの光合成光利用特性と基礎生産力の時空間変化
地球圏科学専攻
博士後期課程1年 伊佐田 智規(指導教官:鈴木光次)

【研究背景および目的】
 近年、大気中二酸化炭素濃度の上昇による地球温暖化が問題視されるようになった。それに伴い、生物圏での炭素固定量を評価する研究が、今後の地球環境を予測する上で益々重要なものとなっている。海洋では、植物プランクトンが主要な二酸化炭素固定者であり、年間の炭素固定量(基礎生産)は、陸上植物のそれとほぼ同等である(Falkowski et al., 2003)が、未だ見積もり幅が大きく不確かである。このため、海洋植物プランクトンによる基礎生産の規模とその制御機構を正しく理解することが必要不可欠である。さらに、海洋植物プランクトンの基礎生産は、海洋における食物連鎖の起点となり、海洋生態系の基盤を支える重要な役割も果たしている。
 本研究の対象海域である西部北太平洋亜寒帯域、特に親潮域は、海洋生物による海表面の二酸化炭素分圧を下げる効果が世界の海の中で最も高い海域の一つである(Takahashi et al., 2002)。その主要因は海洋植物プランクトンの高い光合成活性によるものであるが、この海域での植物プランクトンの光合成に関する生理状態や基礎生産を制御する因子に関する知見は過去にほとんど得られていない(Liu et al., 2004)。また、親潮系水の起源の1つであるオホーツク海でも、春季から夏季にかけて、非常に高い基礎生産が人工衛星から見積もられているが、植物プランクトンの光合成特性に関しては未解明のままである。そこで、私は、西部北太平洋亜寒帯域およびオホーツク海の植物プランクトンの光合成光利用特性および基礎生産力に注目して、下記の研究計画を実施する。本研究で得られた成果は、調査海域での炭素循環過程のより良い理解、ひいては今後の地球環境予測の精度の向上に繋がるものと考えている。

【研究計画】
D1.修士課程時の2005年3月から9月にかけて、約2ヶ月毎に親潮域および黒潮親潮移行域の研究航海に参加し、植物プランクトンの光合成光利用特性(光合成?光曲線パラメーター、植物プランクトンの比光吸収係数、光合成の最大量子収率)および疑似現場法による基礎生産力の季節変化を見積もった。今後、得られた光合成生理パラメーターを生物光学アルゴリズムと組み合わせることにより、調査海域の基礎生産力を推定し、現場データとの比較、検証を行う。これらの結果をまとめて、投稿論文を作成する。さらに、総合地球環境研究所?北海道大学低温科学研究所の共同研究プロジェクト「北東アジアの人間活動が北太平洋の生物活動に与える影響評価」の一環として実施されるオホーツク海航海に参加し、オホーツク海の植物プランクトンの光合成光利用特性および基礎生産を調査する。

D2.北太平洋亜寒帯域の生態系動態の東西比較に関する日米共同国際研究プロジェクト(OECOS: Oceanic eco-dynamics comparison in the subarctic Pacific)の一環として、春季親潮ブルーム集中観測航海に参加し、植物プランクトンブルームの開始から終了時までの植物プランクトンの光合成光利用特性と基礎生産力の変化を追跡する。また、上記のオホーツク海航海の結果をまとめて、研究発表および投稿論文の作成を行う。

D3. OECOSプロジェクトで得られた結果をまとめ、研究発表および投稿論文の作成を行う。さらに、今までに得られた成果の集大成として、博士論文を作成する。

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森林帯境界域における優先樹木集団の分布域拡大にともなう遺伝変異と群集動態
生物圏科学専攻 植物生態学コース
博士課程2年 小林 誠(指導教官:甲山隆司)

研究計画
気候変動に対する陸上生態系の応答は、様々なスケールの生態系機能への影響が懸念されている。生物種の分布域の縮小・拡大、または生育適地の急変もその一つであり、植物とりわけ樹木種に関しては、過去の気候変動に応じて森林帯の分布域の移動が様々な大陸や樹種で生じたことが、花粉分析学や分子生態学知見から知られている。現在進行中の地球温暖化においても樹木種の生育適地の急変が予想されており、気候シナリオを適用した分布適地の予測や、現存植生の脆弱性の評価などが行われている。
現在予測されているような急速に進行する温暖化を仮定した場合、森林帯の境界域において新たに侵入する種が十分な種子侵入能力を備えていても、それに追随した境界域の移動は生じず、森林帯の境界域の移動が気候変動に対して桁外れの遅延応答をすることが、複数のシミュレーションモデルによって予測されている。これは、種子散布限界ではなく、侵入種に対して量的優位性をもつ在来種の抑制効果と個体の長寿効果のためである。しかしこの予測は、花粉分析および分子生態学知見から考えられている「気候変動に追随する樹木種の分布域の移動」を直接的に支持しない。分布域の移動は、異なる森林帯の境界域において、侵入する種と、優占する在来種によって繰り広げられる群集動態の帰結である。こうした背景から、森林帯の境界域で優占する樹木集団において、個体群サイズを拡大する上での諸過程を把握する必要がある。このような知見は、環境変化と生息適域のシフトといった静的理解にとどまらず、生物の分布域変遷の動的理解に貢献する。
本研究で対象とする樹種は、日本の冷温帯における優占種ブナ(Fagus crenata)である。その分布北限域である北海道黒松内低地帯は、日本における代表的な植生帯の境界域にあたり、以北にはブナを欠いた温帯系の広葉樹と針葉樹とが混交する、林冠の種多様性の高い針広混交林帯が成立している。

(1)森林帯の境界域における樹木集団レベルの群集過程
森林帯の境界域では相互の森林帯から供給された種子により種多様性の高い群集構造が形成されることが予想される。本研究では、分布のフロントライン周辺における優占樹種および群集構成種の個体群構造および個体群サイズの変動の把握を行う。また、多種が混交する森林帯の境界域において、林冠の開葉フェノロジーの違いや、母樹依存的な死亡要因を介した更新適地の所在やその貢献度の把握から、群集構成種の定着成功の観測や定着サイトの評価を行う。これらは境界域における混交状の群集構造下において、構成種の更新過程に促進的あるいは抑制的に寄与する現象である。

(2)分布のフロントラインに存在する個体群の遺伝構造と繁殖過程
分布北限域の集団は、氷期に後退した分布域の端の集団に起源を持つ分布の前線であると考えられ、集団遺伝学的な周縁効果によって、遺伝的に分布の中心域とは隔たった集団が形成されると予想される。現在のフロントライン周辺に存在する集団は、後氷期におけるブナの分布拡大のなかでは最も新しく侵入した個体群であり、遺伝的な変異性は少ないと考えられるが、一方で創始者集団として偏った遺伝変異の固定が生じている可能性も高い。本研究では、遺伝マーカーを用い、森林帯の境界域に侵入した現在の北限個体群の遺伝構造や繁殖過程を明らかにし、分布域の移動にともなう個体群の拡大過程・維持機構の把握を試みる。

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森林の孤立・分断化が林床植物の存続に与える影響の定量的評価と保全
生物圏科学専攻生態遺伝学コース
博士後期課程1年 荒木 希和子(指導教員:大原 雅)

1.研究背景と目的
近年、人為的開発に伴う野生生物の生育地の破壊や減少に対し、「生物多様性」の維持・保全が重要視されている。中でも、野生植物種の保全を図るためには、生育環境の保護とともに個々の種の集団構造や交配様式、送粉・種子散布者などの群集構成要素との関係といった「生活史特性」を正確に把握することが重要である。そのためには、野外集団における実験やモニタリング調査に加え、分子遺伝学的手法や数理学的手法を用いた統合的なアプローチがより有効であると考えられる。さらに、蓄積された情報に基づき環境変化による集団への影響を定量的に評価し、具体的な保全対策を講じることが必要である。
そこで、本研究では環境問題の中でも特に「森林の孤立・分断化」に着目し、森林の孤立・分断化が林床に生育するclonal植物スズランにどのように影響するかを明らかにし、それらを定量的に評価することにより保全策を講じることを目的とする。

2.研究方法
 ・これまで
1880年以降の農地開拓により孤立・分断化された大小様々な森林が点在する北海道十勝地方において、これまで様々な調査を行った結果、
(1)スズランは自家不和合性を示し、種子生産には他家花粉が必須であり、その送粉は昆虫類(アブやコバチ、甲虫類など)の訪花によってなされている
(2)集団は種子繁殖とクローン成長により構成・維持され、より近縁な個体が近接した位置に分布する遺伝構造を形成する。このような集団構造及び開花密度は送粉昆虫の訪花パターンや頻度に影響し、それと同時にスズランの種子繁殖成功にも影響を及ぼす
(3)集団内のシュート密度、結果・結実率及び遺伝的多様性は生育地面積の縮小に伴い減少する
ことが明らかになり、森林の孤立・分断化はスズランの集団構造や送粉者の行動に影響を与えるため、種の存続を脅かす要因になりうることが示唆された。
 ・本年度の計画
(1)2003年より開始した個体群の追跡モニタリング調査のデータとDNAマーカーを用いたクローン識別により、個体群構造とその動態についての個体群統計遺伝学的解析を行う。
(2) これまでの結果から得られた情報及びデータをもとに、(a) 個体群の「推移行列モデル」と「点過程モデル」を構築し、集団の時空間的変化を予測し、(b)シミュレーションにより「個体群の存続確率」及び集団を維持する上での「有効集団サイズ」を推定する。
(3)さらにこれらに基づいて、北海道内の他地域及び本州に分布する集団についても環境変化の影響を定量的に評価する。

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シカによる生物多様性と栄養塩循環へのインパクト‐大規模野外操作実験による検証‐
生物圏科学専攻 
博士後期課程1年 日野 貴文(指導教員:日浦 勉)

【研究背景】
シカなどの大型植食獣による生態系の改変は、日本も含め世界各地で大きな問題となっている。シカの森林生態系への直接効果は、強力な植食圧により植物群集の多様性と構造を劇的に変えることである。さらに、分解されやすい排泄物を土壌に大量供給することなどにより、生態系の栄養塩循環を改変する間接効果が考えられる。
生態系の栄養塩循環を改変するというシカの間接効果は、直接効果と比べてその影響が即座に現れないため、研究例が非常に少ない。しかし栄養塩循環の改変は、中長期の時間スケールで、生物多様性や群集構造、一次生産、物質循環など生態系の様々な側面に大きな影響をもたらすことが指摘されている。従って、シカの森林生態系への影響を適切に評価するためには、その栄養塩循環への間接効果も同時に考慮する必要がある。
シカの植物多様性への直接効果を検討する際に有効な仮説として、「生産性が低い貧栄養条件下では植食圧は植物多様性を減少させ、逆に富栄養条件下では多様性を増加させる」(GR仮説)がある。自然環境には、火山灰地のような貧栄養条件や有機物が堆積した冨栄養条件がモザイク状に存在する。このような栄養条件の違いによって、シカの生物多様性への影響は異なると考えられる。しかし、シカの植食圧と生産性の両方を制御する野外操作実験が難しいため、野外検証例は皆無である。

【研究目的】
シカによる森林生態系へのインパクトを直接効果(生物多様性の改変)と間接効果(栄養塩循環の改変)に着目して解明する。具体的設問は、以下の2つである。@多様性への影響:シカの植食圧は、貧栄養条件では植物多様性を下げ冨栄養条件では植物多様性を上げるか? A.栄養塩循環の促進:シカの生息は栄養塩循環を促進するか?

【研究方法】
林床植物群集を対象として、北大苫小牧研究林内の約25ha(約2.5万u)においてシカ密度と栄養条件を操作する二因子実験デザインを組み、大規模野外操作実験を行う。
(実験設定)
シカの密度操作:囲い柵を用いてシカの密度操作を行い、高密度区・低密度区(自然密度)・排除区の3段階設定する。
森林の生産性の操作:施肥(窒素添加)と伐採(光条件が好転)を行い、富栄養化処理を行う。3つのシカ密度操作毎に4つの処理区(施肥・伐採・施肥伐採・無処理)を反復して設置する。

(調査項目)
・植物の多様性調査:高木よりも処理への応答が早い林床植生が対象。
・土壌分析:可給態N等の栄養塩の測定。
・植物体の分析:C・N・P比と防御物質の測定。
・森林の生産性:落葉・落枝を回収し、植物体のバイオマス測定や生体サンプリングと同様の化学分析を行う。



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希少種イトウを含む河川性魚類群集の多様性保全-氾濫原の生態的機能について-
環境起学専攻 広域環境劣化コース
博士後期過程一年 野本 和宏(指導教官:東正剛)

<背景及び目的>       
近年、河川管理は治水、利水を至上の目的としたものから生物多様性の保全に配慮した流域管理へと転換しつつある。氾濫原とは洪水時に氾濫水に覆われる川の両岸の平坦で低い土地のことをいい、平水時には流れの緩やかな湿原河川の様相を呈しており、鳥類、魚類、昆虫類、両生類や多くの植物の生息場所、採餌場所、繁殖場所として機能することが知られ、生物多様性の保全をおこなう上で極めて重要な環境であると考えられている。
また、多くの河川性魚類は遊泳力の乏しい稚魚期に生育環境としてしばしば氾濫原を利用することが知られる。一般に河川性魚類では生活史全体を通して稚魚期の死亡率が最も高く、稚魚期の生残率が個体群の資源量を大きく左右することから、稚魚の生息場所である氾濫原は河川性魚類の保全には不可欠であると考えられる。 本研究では対象種をイトウをはじめとした北海道産淡水魚として、氾濫原環境における生息環境の選好性および各環境の利用頻度を種ごとに明らかにすることを目的とする。
<研究計画>
2006年9月以降に北海道中央部を流れる空知川本流を調査河川として、野外調査を行う。
空知川本流沿いにイトウをはじめとした河川性魚類稚魚の生息する氾濫原環境を(本流の岸際、小支流、分流、ワンド)の4つに分けて、それぞれを魚類採捕区間としてエレクトリックショッカーを用いて魚類採捕を行い、生息密度の推定をする。各魚類の定位している地点と調査区間全体の各物理環境要素の計測を行う。これらのデータを解析することにより、魚類の環境選好性や氾濫原に形成される稚魚の生息環境を定量化することができる。

本研究から得られる知見は河川管理計画を検討する際に生物多様性および水産資源保護の観点からの新たな評価手法を提言し、多大な示唆を提供するものと考えられる。

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北海道沿岸域における棘皮動物大量発生のメカニズム
環境起学専攻 起学研究コース
博士課程1年 松浦 裕志(指導教官:沖野龍文)

<研究背景と目的>
現在、北海道沿岸域では無脊椎動物の大量発生によって海洋環境が急激に変化しており、生態系への影響や漁業被害が問題となっている。北海道太平洋沿岸域では、キヒトデが大量発生しており、漁業的に大きな被害をもたらしている。ヒトデの大量発生は沖縄県でも問題となっており、オニヒトデがサンゴを食べつくして生態系に影響を与えている現象もある。現在北海道では、駆除したヒトデを堆肥化することによって有効利用をはかっているが、大量発生するメカニズムを解明する段階には至っていない。また、日本海沿岸域で問題となっている磯焼け現象は褐藻類を中心とした海中林が紅藻無節サンゴモ平原に遷移する現象である。海中林は多様な生態系を構築するだけではなく、光合成を行うため海の生態系の非常に重要な存在となっている。持続要因のひとつとしてウニなどの植食動物が大量に発生し、褐藻類の芽を食べ尽くしてしまうことがあげられている。ウニが無節サンゴモ平原に多く存在している原因のひとつとして、浮遊幼生が化学物質に反応することによって着底・変態が誘起されるためであるという報告がある。
棘皮動物をはじめとする底生無脊椎動物において、成体期に生活を送る基質を選択する際、浮遊幼生期から成体になる途中で付着・変態現象を誘起させる物質の存在が示唆されており、成体の大量発生の原因と考えられる。そこで、本研究では沿岸生態系の劇的変化を引き起こす要因のひとつとして考えられる棘皮動物大量発生のメカニズムを付着・変態現象に焦点を当て解明することを目的とする。
<研究方法>
ウニの変態誘起作用を示す物質を、種苗生産で変態を誘起するために用いられている緑藻類アワビモから複数精製、単離する。単離した物質については種々のNMR、MSなどを用いて構造を決定する。ヒトデ類については、沿岸域の生態系を調査し、生物相互作用が考えられる生物から変態誘起作用を示す物質を単離し、同様に構造決定を実施する。その単離した物質が浮遊幼生に対してどのような機構で作用しているのかを調べるため、物質に反応した個体を微視的な視点から観察する。具体的には、パラフィン包埋切片を作製し各組織に対する影響を観察するとともに、TUNEL法などの組織化学的手法を用いて実際どのような現象が起こっているかについても調べていく。また、変態誘起を示す物質についての官能基変換や合成などによって生物活性と構造の相関についても調べ、大量発生の予測や回避を含めた検討をしていく。
<研究計画>
 (1年目)
修士過程の研究で行ってきたウニ幼生の変態誘起作用を示す物質を探索する。単離された物質およびこれまで報告されている変態誘起物質の作用についてパラフィン包埋切片を作製し各組織に対する影響を観察する。ヒトデ類は成体も含め飼育系の確立を目指すとともに、どのような生物相互作用が存在しているかを調査する。
(2年目)
ウニ幼生の変態誘起作用については組織化学的手法を用いて具体的にどのような現象が起こっているか調べる。ヒトデ幼生は変態誘起作用を示す物質を精製、単離し、構造決定を目指す。
(3年目)
1年目および2年目の研究を継続して行い、得られた結果から沿岸生態系における棘皮動物幼生の変態作用について考察し、国際誌に投稿し博士論文にまとめる。


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生物間相互作用を担う天然有機化合物の全合成研 〜環境にやさしい防除剤の開発を目的とした10-Isocyanocadineneの全合成研究〜
環境物質科学専攻
博士課程1年  西川 慶祐(指導教官 松田冬彦 教授)

船底、漁網、導水管への貝や海藻の付着を防止するための船底塗料に、古くは毒性の強いトリブチルスズ(TBT)などの有機スズ化合物が使われ、海洋環境の汚染問題となった。有機スズ化合物は極めて微量で巻貝をオス化させる環境ホルモン様物質を含み、日本では1997年で船底塗料などとしての使用が禁止された。代替品として亜鉛や銅を使った防除剤も検討されているが、これらも重金属のため海洋汚染が心配される。国際海事機構(IMO)は、2008年で有機スズ化合物使用を禁止する船底防汚塗料国際条約を採択しており、“環境にやさしい新規防除剤”の開発が国際的にも待たれている。当研究室では、船底に付着するフジツボなどが嫌う天然有機化合物を化学合成することにより,無害の防汚剤が開発できるとみて研究に着手している。
当研究院の沖野龍文助教授の研究により、タテジマフジツボのキプリス幼生の着生阻害を指標として、数種の海綿、ウミウシ、サンゴから数十種類以上の天然忌避物質が単離、構造決定された。例えば、鹿児島県の近海等で採取されたPhyllidiidae科のウミウシからは、11種類のイソシアノ基等の官能基を有するセスキテルペノイドが高収率で単離され,強力な着生阻害活性が見られた。

その中でも左に示す10-Isocyano-4-cadineneは,特に強い着生阻害活性(EC50 0.14 μg/mL)を示すと報告されている。しかしウミウシからは極微量しか得られず、有機合成的手法による供給が望まれている。また、絶対配置が未決定である。以上の背景により、10-Isocyano-4-cadinene の不斉全合成を計画した。立案した合成計画に従い、Evansアルキル化反応、水中における分子間Diels-Alder反応、ニヨウ化サマリウムによる環化反応を鍵反応とした、不斉全合成を行う予定である。全合成により、未決定の絶対配置が明らかになるはずである。また天然体の立体異性体も合成し、その着生阻害活性を検討する。








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環境汚染物質低減のためのナノ構造規制電極触媒の創製に関する研究
環境物質科学専攻 ナノ環境材料コース
博士課程1年  道見 康弘(指導教官 嶋津克明 教授)

[背景]近年、農耕地における窒素系肥料の過剰投与や家畜排泄物の不適切な処理により、地下水中の硝酸イオン濃度が増加している。硝酸イオンが体内で亜硝酸イオンやニトロソアミンへと転化されると、図1に示したように様々な病気を誘発することが知られている。海外ではブルーベビー症候群に罹った乳児の死亡例が報告されるほど硝酸イオンによる汚染は深刻である。硝酸イオンは従来の下水処理技術では除去出来ないため、硝酸イオンの無害化技術の開発が急務である。電気化学法は操作性や安全性が高く、また電子と水のみを試薬として用いるためクリーンであり、環境負荷の極めて少ない環境修復法として将来性の高い方法である。

図1 体内における硝酸性窒素の代謝経路.

[目的]硝酸イオンの電気化学的還元無害化技術の開発において最も重要なことは、優れた電極触媒特性を有する電極材料の創製である。求められる電極触媒特性として、(1)硝酸イオン還元に対して高活性であること、(2)無害な窒素への選択性が高いこと、(3)貴金属使用量が少ないこと、(4)共存物質の影響を受けずに安定な特性を継続できること、などが挙げられる。本研究では、このような特性を有する電極触媒の開発を目指して、シクロデキストリンを分子鋳型として用いたナノ構造規制電極創製法に関する研究を行う。

[研究計画と準備状況]シクロデキストリン自己組織化単分子層を調製した後、シクロデキストリン内部の空隙内に貴金属ベースの二元金属を析出させて電極触媒を調製する。高密度のシクロデキストリン自己組織化単分子層の構築、およびそのキャラクタリゼーションは修士課程の研究で既に終えている。また、二元金属としては、所属研究室での成果をもとに、硝酸イオン還元に対して極めて高い活性を示すスズ/貴金属を選択する。シクロデキストリン空隙の直径サイズは約0.62 nmであり、シクロデキストリン空隙を鋳型として用いることで高活性金属の高分散化を達成する。また、金属はシクロデキストリン空隙内部に固定されているため、シクロデキストリン空隙サイズより大きな分子からは保護されている。本研究では、電気化学的手法、走査型プローブ顕微鏡、水晶振動子マイクロバランス法、各種分光法など種々の方法をもちいて電極界面構造のキャラクタリゼーションを行うとともに、硝酸イオンの反応解析を行い、ナノレベルでの電極構造規制による反応制御を達成する。


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石油炭化水素の嫌気条件下での微生物分解に関する研究
生物圏科学専攻 環境分子生物学・微生物生態学コース
博士課程1年  東岡 由里子


【研究計画】
原油は多くの生物に対して毒性の高い物質を含むため、自然環境へ放出されると生態系に深刻な影響をもたらす重大な環境汚染問題となる。原油汚染に対する有効な浄化・修復技術として、微生物を中心とした生物の作用を利用するバイオレメディエーションが期待を集めている。実践的な研究も既に広く展開されつつあるが、その安全かつ確実な適用のためには、基礎的な研究の重要性は依然として大きい。
原油に含まれる炭化水素の中でも、ベンゼン,トルエン,エチルベンゼン及びキシレン(BTEX)のような単環芳香族炭化水素は特に毒性が高い。BTEXは水への溶解度が比較的高く、拡散しやすいことからも重大な環境汚染物質と考えられ、その生物学的な分解が注目を集めている。
BTEXを含む石油炭化水素の微生物による分解は酸素を利用できる好気条件下でより進行しやすい。しかし、有機物である原油によって汚染された環境では、好気性微生物の酸素消費により容易に嫌気条件が形成される。そのため、原油汚染環境の生物学的修復を行ううえで、嫌気条件下におけるBTEX分解メカニズムを解明することは極めて重大な課題である。しかしながら、培養に技術的困難が伴うことや、増殖が遅く解析に時間がかかることから、嫌気的分解についての研究は、好気条件下での分解に比べ大幅に遅れている。
そこで、本研究では、BTEXを中心とする石油炭化水素の嫌気分解メカニズムを明らかにすることを目的とし、炭化水素分解能を持つ硫酸還元菌についての解析を行う。

1)パラキシレン分解硫酸還元菌の単離と代謝経路の解明
嫌気条件下での原油分解が特に重要になると考えられるケースとして、タンカーの座礁や海底油田開発、船舶からの流出などによる海洋汚染が考えられる。水中や堆積物中では酸素の供給が制限されるため、陸上の場合より嫌気的になり易い。海水中には豊富な硫酸塩(25〜30 mM)が含まれていることから、嫌気分解の中でも硫酸還元菌による分解が重要になると考えられる。
硫酸還元菌は、有機物や水素を電子供与体として利用し、硫酸塩を硫化物に還元する絶対嫌気性細菌である。この菌は嫌気環境下に広く分布し、海洋の嫌気条件下では有機物の分解に大きく貢献している。これまでBTEXに関してはトルエン、エチルベンゼン、オルトキシレン、メタキシレンを分解する硫酸還元菌が単離されている。
BTEXの一つであるパラキシレンは、特に毒性が高く、難分解性であり、分解できる硫酸還元菌は単離されていない。修士課程の研究において、クウェート湾岸原油汚染地帯の海洋堆積物を接種源として、パラキシレン分解−硫酸還元培養系を確立した。今後、培養系からパラキシレン分解硫酸還元菌の単離を行う。単離された菌を用いたゲノム解析,プロテオミクス解析により、パラキシレン嫌気分解経路を解明する。
また、単離により得られた純粋株の遺伝子配列を基に、BTEXの嫌気分解に関与している機能遺伝子を汚染現場から直接検出するツールを確立する。さらに、そのツールを用いて、実際の原油汚染環境においてBTEX嫌気分解に関与する微生物を検出、同定することを試みる。

2)低温環境下における原油分解硫酸還元菌の単離
 寒冷圏の海洋堆積物は常に低温環境下にあり、また嫌気条件が形成されている。従来の研究は主に中温条件下で行われ、低温環境下での原油の嫌気分解はほとんど報告がなされていない。修士課程の研究において、4℃下での原油分解−硫酸還元培養系を確立した。得られた培養系内の微生物群集を分子生態学的手法により解析する。さらに、BTEX分解培養系を確立し、低温環境下においてBTEX嫌気分解能を持つ菌を単離する。
得られた知見は、寒冷圏における汚染物質の除去に役立つと期待される。


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