「生息環境の変動に応じたカワシンジュガイの個体群動態の研究」



生態環境科学専攻 環境情報医学講座
博士後期課程1年 秋山吉寛(指導教官:岩熊敏夫)


研究目的
 河川や湖沼は海洋に比べて水深が浅く水量が遙かに少ないため、地球温暖化や人為攪乱による影響をより強く受ける。特に冷水性の淡水生物では、温暖化により、夏季水温の上昇による斃死などの直接的影響の他、水域の縮小や適温域がより標高の高い水域に移行するなどの生息地の分断・細片化による間接的影響を受け、個体群が縮小してゆくと考えられる。また温暖化による降水量の変化については十分には予測されてはいないが、地域的な変動は大きくなり、河川によっては水量の季節変動が増大し、淡水生物の生息環境、利用可能資源量および生活史への影響がみられ、生態系のバランスが大きく崩れる可能性が指摘されている。
 北半球に広く分布する長寿命性のカワシンジュガイ属(Margaritifer)は、冷水性の淡水産二枚貝で、幼生が特定の魚類に寄生する特異な生活史を送っている。ヨーロッパに分布するホンカワシンジュガイ(M. margaritifera)では、水温の上昇によって成長速度の増加と早熟化、産卵時期の変化、最大殻長の減少、短命化、死亡率上昇などがもたらされることが知られている。日本や極東ロシアに生息するカワシンジュガイ(M. laevis)は、幼生の宿主として冷水を好むヤマメやアマゴなどのサケ科魚類のみを利用しており、生息河川の水温は年間を通して20℃を超えない。そのため水温が25℃までの水域に生息しているホンカワシンジュガイよりも、温暖化による分布域の縮小が顕著に現れる可能性が高い。また懸濁物食のカワシンジュガイは、温暖化や流域の開発によりもたらされる河川内の有機懸濁物量変化により餌環境の変化を受けることが考えられる。
 研究では野外および実験室でカワシンジュガイの生態的特性を明らかにし、カワシンジュガイとサケ科魚類の共生関係が成立する条件を現在の生物地理学的分布と関連づけて考察する。さらに、既に生息地が分断されており、各県で希少種に指定されているカワシンジュガイ個体群について、温暖化や人為影響に伴う個体群の変動と存続可能性についての将来予測を行う。


2004年度研究計画

1. カワシンジュガイの分布の把握と生物地理学的分布要因の検討
 文献記載と実際の調査に基づいて、カワシンジュガイの分布を明らかにする。またその水域に生息する魚種の採集記録および環境データとの比較検討を行い、カワシンジュガイの生物地理学的分布要因について検討を行う。

2. カワシンジュガイの成長に影響を与える環境要因の特定
 カワシンジュガイの殻表成長線から年間成長殻長を計測し年間平均成長速度を求める。その水域における既存の各年環境データと比較することで、成長の促進や抑制に関与する環境要素を明らかにする。

3. 死亡率の変化と環境要因
 河川でネットに入れたカワシンジュガイ数百個体を3ヶ月間ずつ合計1年間飼育する。3ヶ月ごとに死亡した分だけ貝を補充し、各飼育期間の死亡個体数を計数して、死亡率を算出する。環境のデータと比較し、死亡率の上昇や低下に影響を与える環境要因を特定する。

4. 河川ごとの抱卵率の算出
 繁殖期のカワシンジュガイを採集し、雌雄を判別して殻表にドリルで標識し、1年後に再び採集した個体が抱卵しているかどうかを確認し、抱卵率を算出する。

5. 河川ごとの寿命の特定
 各河川で死貝を採集し、年齢査定をして寿命を特定する。




戻る