地球 Γεια  Earth

Γεια 高次脳機能の変化の環境要因解析
 新岡 正    にいおか ただし 

 環境中の種々の刺激が高次脳機能に及ぼす影響を明らかにすることを私たちは研究課題の一つとしている。
 ところで、嗜好品であるコーヒーの中に入っているカフェインが、脳の働きを悪くすることがあるといったらどう思われるであろうか。カフェインは立派な医薬品(劇薬)であり、ほとんどの市販の風邪薬にも入っている。ところが、カフェインは脳細動脈に対する血管収縮作用を持っている。脳血管収縮作用を持つカフェインを摂取すると脳の血流が減少し、脳の活動を支えるべき血液中の酸素が減少し、脳の働きに影響が生じるのではないか? このような疑問を持った。脳血流と関連させてカフェインが脳の働きに与える影響を調べた研究はほとんどない。そこで修士の学生の人達と一緒に研究に取り組むことにした。脳機能を測定するために、前頭前野を賦活化するある認知課題(Stroop課題)を改良して用いた。前頭前野はヒトがもっともヒトらしく生きるために必要な高次脳機能が働く部位である。
 結果は、実験対象の10人のうち、カフェインに感受性の高い5人では、カフェイン200 mg (コーヒー1?2杯分に相当)を摂取すると、明らかに課題遂行能力が低下することがわかった。また、前頭部の血液中の酸素化ヘモグロビンの同時計測値や、30%酸素を吸入させて行った同様の実験の結果を合わせて考えると、カフェイン摂取による課題遂行能力の低下は、酸素供給能力がカフェイン摂取によって低下したためであることが強く示唆された。それでは高濃度酸素を吸入すると頭の働きが良くなるのであろうか。これは、酸素供給が不十分で頭の働きが悪くなっている場合に元に戻る場合だけ、と考えた方がよさそうである。なお、この研究に関係して特許を出願することとなった(特開2006-218065)。
 最近、中高年にとって脳活性化のためのゲームなどがブームとなっている感がある。このような基礎的研究が、一般の人々にとっても、関心を引き、また、役立つ情報の提供となるのではないかと期待している。



 認知課題実験の様子





Γεια モンゴルの森林と環境劣化

石川 守    いしかわ まもる

 2002年夏に初めてモンゴルを訪れた。“モンゴル”というとほとんどの人は広大平坦な草原を思い浮かべるだろう。この連想は間違いではなかった。しかしそれより興味深かったのは、北向き斜面を密に覆う森林であった。この地域は、シベリアから続く北方林(タイガ)の南限に位置する事を思い出した。

 ここは同時にユーラシア永久凍土帯の南限でもある。モザイク状に分布する森林は、この地域に不連続的に分布する永久凍土の恩恵を多分に受けているに違いない。難透水層である永久凍土は土壌水の地下深部への浸透を妨げ、夏期融解層(活動層)を湿潤に保つ。そのため、少ない降雨にも関わらず樹木が生育できるのだろう。私たちはスコップとツルハシを使ってあちこちで穴を掘りまくった。森林帯の土壌は湿潤・低温で氷も含んでいるが、草地斜面のそれは乾燥・高温であった。翌年夏には大がかりな測器を持ち込み、森林と草原に設けた観測サイトにて気象・地温・土壌水分などの連続観測を開始した。
 両観測サイトの気象条件は、近接するにも関わらず全く異なっていた。森林の年平均気温は草原のそれよりも3℃も低い。また森林の遮蔽効果のため、林床に達する純放射量は草原のたった8分の1にすぎない。活動層−大気間での熱収支解析から、森林帯で地温が低く保たれるには、土壌の熱物理特性が重要であることが示された。樹木から土壌に落とされる枯葉・枯枝によって、土壌中の有機物含有量や空隙率が増す。その結果、土壌の熱伝導率が低くなり、夏期の地温上昇が抑えられる。永久凍土と森林は持ちつ持たれつの関係にある。
 観測を続けている首都ウランバートル周辺は、乾燥・寒冷のため農業には適さない。唯一可能な生業は遊牧であり、これによって草原や森林がもたらす乏しい生態的資源を持続的に活用できる。しかし、近年このような人と自然の共生関係は崩壊しつつある。特に深刻化しているのは、森林衰退・草原劣化・砂漠化・都市環境問題など地域住民の生活基盤を脅かす環境問題である。その要因は、顕著になってきた温暖化や乾燥化、計画経済から市場経済へと社会構造の大変革などである。気候変動と人威圧が融合して生じている環境問題の実態を文理問わず学際的に理解し、解決策を考案していくことが望まれる。

       


モンゴルの首都ウランバートル周辺の景観。北向き斜面は密な森林(カラマツ)に覆われているが、対照的に南向き斜面は草原となっている。地域住民は森林を木材供給源や水源として草原を放牧地として利用している。2003年夏より気象、土壌温度・水分の観測を継続している。