地球 Γεια  Earth

Γεια 熱帯対流圏界層内における"水蒸気MATCH"への挑戦
長谷部 文雄    はせべ ふみお  

 常温で凝結する水蒸気は、温度の低下に伴って高度と共に著しく減少する。対流圏からの流入により形成される成層圏大気は低温の対流圏界面を通過する際に脱水されるため、成層圏水蒸気を測定すれば、大気の温度履歴を通して流入経路が推定できる。また、光化学的に生成されるオゾンが中高緯度下部成層圏に蓄積される様子から、成層圏内の子午面輸送が明らかとなる。大気微量成分の観測は、こうして成層圏大循環像の構築に貢献してきた。その後のデータの蓄積により、1980年代には成層圏への大気流入経路が北半球冬季の熱帯西部太平洋(成層圏の泉)に絞り込まれるに至った。

 このような描像に、近年2つの重要な展開があった。成層圏内の平均子午面循環が中高緯度における惑星波の砕波により駆動されるという理解と、対流圏と成層圏との境界に厚みを持った遷移領域(熱帯対流圏界層; TTL)を導入する考えである。これらは「泉」領域の平均鉛直流が下向きであるとの指摘とともに脱水過程の理解に見直しを迫り、低温域の水平運動に注目する仮説、TTL内水平移流脱水仮説を生み出す契機となった。

 温室効果ガスとして重要な環境要因である水蒸気には、成層圏で年率1%に達する増加傾向が報告されている。最近の衛星観測からこの結果には再検討が求められているが、脱水メカニズムが未解明な現状ではトレンドの理解は進まない。我々は熱帯太平洋域における水蒸気ゾンデ観測(SOWERプロジェクト)を発展させ、水平移流脱水仮説の定量的検証を目指して"水蒸気MATCH"に挑戦している。MATCHとは、風に流される大気を追跡し、適当な時間間隔をおいて同一大気塊を複数回観測し比較する方法で、オゾンホールの研究で威力を発揮した。風の場の安定性や予報精度など、TTL水蒸気MATCHには多くの困難が伴うが、蓄積された経験と現地研究者の協力の下、2006年1月の観測に向け準備を進めている。


Γεια 南アジア・中央アジアにおける山岳資源の持続的利用と管理
渡辺 悌次    わたなべ ていじ  

 温暖湿潤な中緯度や熱帯地域と比べると,乾燥地域では高山環境に関する研究数が激減します。これまで,私たちは,湿潤な気候下にあるネパール・ヒマラヤにおいて研究を行ってきましたが,その経験を活かしつつ,データの空白地域ともいえるパミール高原およびカラコルム山脈における研究に着手しました。

 乾燥気候下の高山地域では,斜面や谷底ではほとんど降水がなく,高所で降る雪によって氷河が維持されます。したがって,そこに生育する植物や野生動物,家畜,人間は,氷河の融け水に依存しています。ところが,氷河は温暖化の影響を受けて融解し,場所によっては消失し始めています。もう一つの水分供給源である永久凍土も同じです。そこで,私たちが得意とする氷河・永久凍土に関する調査を行うわけですが,図に示したように,この研究では,乾燥地域での温暖化によって生じる人間・生態系への影響を考え,将来の人間・生態系の持続性を模索することを最終的な目標としています。この研究の特色の一つは,自然科学的な野外観測結果と人文社会科学的な観察結果を統合して,地域の社会問題解決に貢献できる統合的な研究の枠組みを構築することにあります。

 ここで,図に示した矢印の一つ一つの研究をいかに進めてゆくかが問題となります。ヒマラヤでは研究資金がなかったため,大型野生動物保全や,家畜の移牧,エコツーリズム資源といった調査も自前で行ってきました。しかし,それぞれの専門分野の研究者からなる組織的な調査がなければ,ただちに限界に達してしまうことは自明です。これらの個々のコンポーネントを明らかにするには,それぞれのチームで科研費レベルの資金調達を行って研究を実施する必要があり,そのうえで,全体を一つにまとめる作業が必要となります。全体のとりまとめには,地生態学的なアプローチをとりますが,この過程を経て,フィールド・インフォマティクスの手法の確立を目指します。