Geia Newsletter No.14 (Autumn. 2003)

環境ホルモンを検知する「バイオセンサーづくり」の研究
山崎　健一　　やまざき　けんいち　

環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)は生物の情報ネットワークを撹乱する危険度の高い物質です｡しかしダイオキシン等を含む環境ホルモンと呼ばれる一群の汚染物質の定量には高いコストがかかるため､網羅的にその汚染状況を把握することは難しいと考えられています｡私達は低いコストで土壌中での環境ホルモンの存在を知らせてくれるDNA組換えバイオセンサー植物の開発をめざしています｡

　そのために､環境ホルモンの標的分子である人の核内受容体のcDNAをクローニングし､これと他の蛋白質とのキメラ蛋白質が発現するようなDNA組換え植物を作製します｡このキメラ蛋白質は､図に示すように環境ホルモンと結合すると活性化して標的遺伝子に作用し､環境ホルモンの存在を光で知らせてくれます｡また､それをさらに改良し､環境を修復する能力をもつDNA組換え植物を作製することも視野に入れた研究を進めていきたいと思っています｡

　植物のメッセンジャーRNA合成増幅信号の情報仲介因子の研究
｢バイオセンサーづくり｣の研究の他に､転写因子の研究も行っています｡転写因子からの信号は､転写情報の仲介因子を経由して､転写反応そのものを行う主体である転写装置に伝えられて初めて標的遺伝子のメッセンジャーRNA合成は盛んになります｡現在､この植物の転写情報中介因子とみられるMBFlの遺伝子を破壊した組み換え植物を作製し､MBFlの植物体内での働きを､DNAチップ等を利用して明らかにしようとしています｡

　また､MBFlが核中に局在するタイミングをGFP(緑色蛍光タンパク質)とのキメラタンパク質を構築することにより可視化して調べています｡さらに､MBFlが､どの様なタンパク質とコミュニケーションしているかを探るために､酵母のTwohybridsystem という系をもちいて､細胞内でこれと結合しているタンパク質群を選抜しようとしています｡MBFl周辺の結合タンパク質のカタログを作ることにより､転写情報中介因子周辺の分子コミュニティーを明らかにしていく予定です

海洋から大気への影響を宇宙から見る
谷本　陽一　　　たにもと　よういち　

　従来の大気と海洋の関係に対する概念では､中緯度の海洋は大気の強制力に対して受動的であり､海面からの潜熱放出が中緯度の海面水温を形成する主要因であると考えられてきた｡いわば､｢お茶を冷ます｣ことと同じ原理が海面で働いていると考えられている｡一般にお茶の温度が息の強さを規定することは考えにくいのに対し､現実の海洋では､水温分布が海上風に影響を与えることも考えられる｡しかし､これまでに中緯度における海から空への影響は観測的に明らかにされていなかった｡

　今回､私たちのグループは中緯度海洋の特徴である水温フロントに着目し､人工衛星を使った観測結果の解析から､新たな大気と海洋の関係をみいだした｡熱帯から極に向けて下降する水温は一定に減少するのではなく､例えば黒潮と親潮の間で顕著に下降する｡このような海域を水温フロントと呼ぶ｡このようなフロントは西部北太平洋に限らず､熱帯域からの暖水を運ぶ流れと極域からの冷水を運ぶ流れが出会うところで生じ､大西洋のメキシコ湾流やブラジル海流などでも見られる｡

　水温フロントでは短い空間スケールの中で大きな海面水温の変動がある｡それに伴い､｢温かい(冷たい)海の上では風が強い(弱い)｣という新たな大気と海洋の関係がいずれの水温フロントでも存在することをみいだした｡｢お茶を冷ます｣原理だけが機能しているのであれば､冷たい海の上で風は強くなければならない｡これとは逆の関係の存在は､海から大気への影響があることを強く示唆する｡これは従来の概念を否定するものではなく､中緯度の大気と海洋の関係は一方通行ではなく､双方向であることを観測から指摘している｡

　水温が高い海域の上空で海上風が強くなる原理を次のように推察している(図参照)｡一般に風速は上空に行くほど強くなる｡水温が冷たい場合は､大気最下層が冷やされ上空の空気との混合がおきにくいのに対し､水温が暖かい場合は上空との混合が促進されるために上空の速い速度を持つ空気塊が海上まで達するようになる｡この効果より海面直上の風は加速されると考えられる｡

　人工衛星による観測は水面から射出される放射量(マイクロ波)から別の物理量を求めているので､上空の様子は原理的に捉えることができない｡今後は､船舶による海上気象要素の解析や海上のラジオゾンデ観測により､上空における風速分布を実際に見ることが重要であると考えている｡また､観測的に新たに示された海から大気への影響を正確に数値モデルの中に取り込むことにより､地球温暖化を含む気候変動の予測の精度がどの程度向上するかを検討していくことが求められている｡