地球 Γεια  Earth



Γεια 種の保全と行動生態−イトウを例として−
東 正剛    ひがし せいごう 

 地球環境問題の1つとして、生物多様性減少の問題がある。生物多様性は遺伝子や種が消失することによって減少するのであり、高い多様性を維持するには、種の絶滅を防ぐことこそ重要な課題となる。絶滅のメカニズムについてはガイア2号で紹介したが、特定の動物種を絶滅の危機から救うには、その生活史や行動生態を知っておくことが重要となる。その例を、本研究科・江戸謙顕博士のイトウに関する生態研究から紹介しよう。

 日本最大の淡水魚・イトウは、本州では既に絶滅し、北海道においても絶滅の危機に瀕している。サケ科の中では最も原始的な系統と考えられており、一部に降海する個体もいるが、ほとんど河川や湖で生活している。他のサケ科魚類と異なり、10年以上の寿命をもち、一生の間に何回も繁殖活動を繰り返す、秋ではなく春に産卵する、などの特徴を有する。春に河川の小さな支流で産卵・放精を終えた親魚は、下流の湖に戻って栄養を貯え、翌春の遡上、繁殖活動に備える。

 江戸博士によると、ある支流で産卵中に捕獲し、標識をつけた雌は、それ以降の年も同じ支流に遡上して産卵し、他の支流で見つかることはほとんどない。陸封型のイトウも、他のサケ科魚類と同じように母川回帰性が高く、恐らく生まれた支流に戻って産卵しているのであろう。この性質は、この稀少魚を保護・保全する上で非常に重要である。もし、乱獲によってある支流の雌を捕りすぎたり、土木工事などにより産卵が数年に亘って出来なくなると、たとえ良好な環境が復元されてもその支流に遡上してくる雌はいなくなり、その局所個体群は絶滅してしまう。

 北海道には、生息や産卵に適していると思われるにもかかわらずイトウのいない河川が多い。これは、イトウの雌の強い母川回帰性により、一旦絶滅した局所個体群の回復が非常に遅れるためと思われる。卵の河川間移植によって人為的に回復させることも可能ではあるが、その際には、地域個体群の遺伝的特徴に十分配慮すべきことは言うまでもないだろう。


イトウのメス。10年以上生存し、体長が1mを越える個体も少なくない。

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Γεια 東アジアそして日本を舞台とする小型哺乳類の進化
環境の変遷とともに

鈴木  仁    すずき ひとし

 日本列島をはじめ世界の各地にはそれぞれ地域固有の生物たちが息づいてい る。生物たちは地球の表層をどのような時期にどのように動いたのであろうか。 日本列島に生息する陸生の小型哺乳類も格好の研究対象である。小型の哺乳類 はその分布は気候や植生などの環境に大きく依存し、各地域の固有の森や草原 に固有の種が生息するので、彼らの進化の道筋を解きあかすことで、過去の地 球環境の変化についても垣間見ることができる。親から子へと伝えられる遺伝 子の変化を追うことで、彼らの進化的な歴史を知ることが可能となる。例とし てネズミ類やウサギ類の進化のパターンをみてみるとそれは第三紀後期以降の 地球の急速な寒冷化の流れをよく反映したものとなっているようである。すな わち、東アジア大陸における彼らの分化はまずは熱帯域で起き、ついで温帯域、 最後に亜寒帯域で起きたという構図が浮かびあがってくる。興味深いことに、 大陸の東の辺縁部に位置する島嶼には、それぞれの時期に大陸から渡来したと 思われる系統が維持されている。琉球列島にはアマミノクロウサギ、トゲネズ ミといった種が生息し、これらの系統の起源は相当古く、少なく見積もっても 1200万年ほど前にさかのぼる。また本州・四国・九州域においてもヤマネ、 ヒメネズミ、アカネズミ、モグラ類などの系統の固有性はかなり古く、このこ とはこの地域には第三紀の森林要素が残っているという事実ともよく符号する。 一方、北海道においては、比較的若い系統が多く、大陸での第四紀の氷河期の 系統分化のパターンをよく反映する結果となっている。列島は断続的に大陸か らの系統を受け入れ、それぞれの区域にそれぞれの系統を大切に保管し、さな がら「博物館」として機能しているといえる。日本列島に保管されている系統 を調べることで東アジアの自然史について今後さまざまなことが明らかになっ ていくものと期待される。


図1 東アジアにおけるネズミ類(ネズミ亜科の仲間)の系統分化の歴史。核 遺伝子IRBPの変異(1152塩基対)に基づいて作成した。ここに示した種の関 係をみるだけでも、東アジアにおいて、熱帯、温帯、冷寒帯の順に系統の展開 があったことをうかがうことができる。トゲネズミ(琉球列島)、アカネズミ・ ヒメネズミ(本州域)、ハントウアカネズミ(北海道)などが、時代を追って 列島に渡来した。


図2 東アジアにおけるウサギ類とネズミ類の同調的な系統進化に関する概念図。東アジアの小型哺乳類の進化の歴史は環境主導であり、地球の寒冷化とともに、新しい時代に適応した系統の放散的種分化が進化の基調になっている。日本列島にもそれぞれの放散を反映した系統が維持されている。琉球列島のアマミノクロウサギとトゲネズミは系統が分岐してから少なくとも1000万年は経ている。そのような狭い地域に長期にわたって固有の系統が維持できたのは、ひとえに彼らの生息環境がそれほど長い時間維持されてきたことに他ならない。地域に固有の生物を保全するには地域の自然環境を守っていく以外にないということを教えてくれる。

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Γεια 人口光合成(光反応は省エネ型の化学反応)
中村 博    なかむら ひろし  

 現在の我々の生活には、様々な化学物質プラスチック、医薬品等)が不可欠であるが、この化学物質は色々な「化学反応」を通して作り出されている。現在、多くの化学工業が、石油・石炭等の化石燃料(資源)を原料として、またエネルギー源として「化学反応」に利用している。

 さて、この化学反応をエネルギーの観点から見てみる。自然界には「エネル ギー保存則」と「エントロピー増大の法則」というものがあって、エネルギー は勝手に湧いてこないし、エネルギーは使えば使うほど利用できない形(熱) になってしまう。従って、たとえ、触媒を使ったとしても、またリサイクルし たとしても、エネルギー資源は最終的には無くなってしまう。エネルギー源と して原子力に頼る方法もあるが、これも資源の量や廃棄物など色々と問題がで てくる。

 化学物質を作り出すための化学反応の場合、反応に使ったエネルギー(化 学エネルギーと熱エネルギー)と、生成物の化学エネルギーを比較すると、必 ず、後者の方が少なくなっている。残りはすべて熱となって逃がしている。つ まり、エントロピーが増大する方向に進んでいる。熱は、最も使えないエネル ギーである。このことは、化学反応がエネルギー的には効率が悪いこと、また エネルギー資源を作ることが出来ない事を示している。そこで、地球の外から エネルギーを補給することが必要になってくる。地球誕生以来、自然界が選ん だ方法は、太陽からの光エネルギーの利用であった。植物が行う光合成がそれ であり、これによって、今我々が利用している、石油・石炭などの化石燃料が 出来た。

 光化学反応は、植物の光合成の中心的は反応であるが、普通の化学反応とは 全く異なった性格を持っている。光は、波でもあるがエネルギーを持つ粒子と しての性質を持っていて、色にもよるが、紫外線の光の粒子(光子)1個は、 物質中の化学結合を切断するだけの高いエネルギーを持っている。太陽からやっ てくる光を利用すれば、地球上のエネルギー資源を使わず無限(少なくとも太 陽系が存在している間は)に使うことが出来る。

 物質(分子)は、光を吸収すると、「励起状態」といわれる光の持つエネル ギー分だけ高いエネルギー状態になる。この励起状態の分子は、様々な反応を 起こすことができる。二重結合を持つ分子は結合の組替が起こり、図のように 分子模型を作るのも難しいような化合物(歪化合物)を作ることも可能である。 光エネルギーを使わないと、これらの化合物の合成は不可能である。また、こ れらの化合物はエネルギーの貯蔵を行っているわけで、歪みのない元の化合物 に戻るときに外にエネルギーを放出する。

 光合成反応の場合は、「クロロフィル」が光を吸収して励起状態となる。こ の状態から電子を放出し、自分は「クロロフィル酸化体」となる。電子は色々 な反応を経て二酸化炭素をグルコースに変換し、クロロフィル酸化体は水を酸 化して酸素を放出する。この反応を単純に計算すると、1つのグルコースが出 来るのに最低24個の光子が必要である。

 人工的に光エネルギーを利用する場合(人工光合成)にはグルコースを作る 必要はなく、もっと簡単なメタノールなどの燃料や工業原料になるようなもの を作ればよいが、効率はまだまだ植物にはとても追いつかないのが現状で、こ の反応効率を上げることが今後の課題である。

 

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Γεια 追悼  沼口 敦 さん
松野 太郎  まつの たろう
地球フロンティア研究システムシステム長

 沼口さんはもういないなど未だに信じられない。才能に溢れ、次々と新しい研究テーマに、新しい職場へと挑戦を続けている時に、研究者として真っ盛りの時期に思いもかけぬ事故で亡くなられるとは。残念の気持は言葉で言い表されない。思えば、最近の彼の研究での興味の持ち方、身の処し方に理解はしつつも「何でまた?」とやや不思議に思っていた事もあったが、急逝された後の追悼の集まりや若い時に書かれた文章を読んで、彼の研究・行動に一貫しているものがあることが良く理解できた。

 自然−彼の言によれば、荒々しい原始の自然ではなく人間の手の入った、しかし、人間に踏みつぶされていない自然への愛着、それに根ざした科学的好奇心によって駆り立てられる研究、それを通じて愛する自然が破壊されるのをくい止めるのに貢献したいという責任感、それら全部を若い大学院生達に伝えたいという情熱。一世代離れ、自然も社会もずいぶん違ってはいるけれども、私自身とも重なり合う部分があるのを感じ(本当か?と訝る人も多いかとは思うが)私と同じに北海道と北大・地球環境にどんなにか喜びを見い出し、どんなにか将来の夢をふくらませていたことだったろう。

 自然を対象とする自然科学でありながら研究の現場は(少なくとも半分は)抽 象的な数式とコンュータープログラムとその出力データに満たされている現代 において、数理物理的知識に優れ、コンピューターと情報技術に関して抜群の 才能を持っていた沼口さんは、大学院生時代、ごく自然に気候(大気大循環) モデルの研究に進み、ほどなくして大学コミュニティーにおけるその第一人者 となった。今、大気大循環モデルは大発展の後の小休止とも呼ぶべき状態にあ る。これを脱し次の段階に進むには、計算機の能力向上を活用して多数の個別 物理過程を基礎に戻ってきちんと扱うようにすることと考えているが、沼口さ んの作ったCCSR/NIESモデルはまさにそのような方向への発展を意識して準備 が施されていたように思える。あたかも、半年後に世界最大のスーパーコン ピューター「地球シミュレーター」が完成し、日本の気候モデリングコミュニ ティーは大きなチャンスを与えられるとともにその力を試されようとしている。

 この5月頃から久しぶりに彼の力作CCSR/NIESモデルの新バージョンの中のちょっと奇妙な振る舞いの検討に乗り出し、仲間達と盛んにメールの交換をしていた。如何にも彼らしく「生データを見ること」を提案するなどして、昨年末悩まされていた難問が漸く最終解決に至ったのが6月28日であった。最後の瞬間まで私達を助け、リードしてくれた沼口さん、本当にありがとう。


沼口さん自身による自宅からの眺望のスケッチ

北大構内のイチョウやモミジも色づいてきました。予定よりも1ヶ月遅れてし まいましたが、ガイア7号をお届けします。 地球環境科学研究科も8年目に 入り、内部改革について真剣な話し合いが続いています。今や「環境」は多く の大学や研究機関で改革のキーワードとなっており、100名以上の地球物理学 者、生物学者、化学者をそろえた本研究科の役割は、研究と教育の両面で益々 重要となるでしょう。本研究科に対する期待等も含め、ご意見、投稿を歓迎し ます。以下のメールアドレス宛にお願いします。