地球 Γεια  Earth



Γεια 北極海の海氷減少は地球温暖化の指標か?
池田 元美    いけだ もとよし 

 二酸化炭素排出によって人為的地球温暖化が起きつつあると言われている。全球平均気温は20世紀にはいってから0.5度上昇している。いっぽう北極海の海氷面積が減少しており、最近30年間で夏の海氷面積は北極海全体の15%も減っている(図1)。厚さについては潜水艦データが有効であり、北極海中央における平均厚さは3mから2mに減少した。

 もし気温上昇によって海氷面積が減少すると、太陽放射の反射率(アルベド)が低下するために、さらに海面温度が上がって海氷が融ける。これを正のフィードバックといい、二酸化炭素を増加させて温暖化の進行を調べる温暖化モデルでも、このプロセスが働いている。観測された海氷面積の減少にもとづいて計算すると、熱量の年平均値は30年間で5Wm-2の増加となる。

 これまであまり注目されていなかった低層雲を、ソ連時代の北極ステーション観測データで調べてみた。30年の間に、快晴の時間が全体の20%も減っている(図2)。雲は長波放射の下向き成分を増やす効果があり、熱量増加は30年間で4Wm-2となる。様々な温暖化モデルで雲の変化を正しくとらえたものはまだない。

 北極海の海氷を温暖化の指標ととらえ、モデルの結果が観測された海氷減少に合っていればモデルが正しく、またそれを用いた温暖化予測が正しいとするのはまだ早計である。海氷減少の原因をさらに詳しくデータとモデルの両方で調べていく作業が必要である。


---

Γεια 磯焼け(海の砂漠)を「化学」する
鈴木  稔    すずき みのる  

 コンブやホンダワラなどの大型海藻類が繁茂した藻場 (海中林)が衰退した跡に、紅藻無節サンゴモ (石灰藻)の優占群落が広範囲に見られる現象が、北海道南西部日本海沿岸をはじめ日本各地で観察されている。この現象は、 "磯焼け"(海の砂漠)と呼ばれ、海底の岩盤や礫が浅所までサンゴモで覆われて紅色になったり、あるいは光線の加減で白っぽく見えたりする。磯焼けは、有用海藻や藻場に依存した魚貝類などの漁業生産が著しく低下するために社会問題となっている。

 しかし、北海道南西部の磯焼け海域でも海水温の低い年にはホソメコンブ群落が回復して深所まで拡大するし、また河口域付近では毎年コンブが繁茂する。さらに、岩盤上のサンゴモを取り除くと、その岩盤上にはコンブが生える。これらの現象から、磯焼けの持続要因の一つとして無節サンゴモ由来の他感作用物質(アレロケミカルス)の関与を想定し、磯焼け現象を化学物質の視点で解明すべく研究を行っている。

 その結果、サンゴモがコンブの初期発生を抑制する化学物質を分泌していて、その成長抑制物質の分泌量は温度依存性があることが判った。したがって、コンブ遊走子が放出される秋から冬にかけての海水温がコンブ群落の回復にとって重要な因子であることが強く示唆された。また、サンゴモは、ウニ浮遊幼生を誘引し、さらにウニ幼生の着底・変態を誘導した。これまでに、コンブ配偶体や幼胞子体の成長を阻害する化学物質として高度不飽和脂肪酸を、またウニ幼生の着底・変態を誘導する化学物質としてグリセロ糖脂質をサンゴモから分離し同定した。グリセロ糖脂質はウニ稚仔や成体の摂食刺激物質でもあるために、ウニは磯焼け地帯に蝟集しその強い摂食圧によって磯焼け状態を持続させていると考えられる。このように、サンゴモが化学物質を巧みに操って磯焼けの持続を仕組んでいるらしいことが解ってきた。

 一方、磯焼けの海底でも海藻がまったく生えていないのではなく、紅藻ソゾ属の海藻や褐藻アミジグサやケウルシグサなどの群落が所々に見られる。これらの海藻は、植食動物に対する摂食阻害活性を有するテルペンなどの化学物質を含有して、植食動物による摂食を免れる化学的防御機構を備えていることが明らかとなった。さらに、最近のデータによると、これらの海藻は、配偶体あるいは幼胞子体の段階ですでに化学的防御機構が備わっているらしい。このように、ある種の海藻は多種多様な化学物質で武装することにより群落の維持、拡大を図り生態的に適応していると考えられる。

磯焼け地帯は「海の砂漠」でも「不毛地帯」でもない。磯焼けの海底でもそこに棲息する生物種間の関係が食物連鎖ばかりではなく、種々の生物活性を発現する化学物質(図1) を介して多様な生態系を構成している。

---

Γεια サケ白子DNAの機能性素材としての利用
西 則雄    にし のりお  

 自然界には蛋白質、多糖類などをはじめ、多くの種類の天然高分子化合物が存在しています。これらの中にはセルロース、澱粉、天然ゴムのように古くから人類の生活に役立ってきたものもありますが、一方で全く資源として利用されていないものや、また生活廃棄物として環境汚染源となっているものも多くあります。我々は、このような生体関連高分子の未利用資源及び生活廃棄物、産業廃棄物などを用いて人間や環境に優しい機能性素材を作り出す試みを行っています。特にサケ白子由来DNA、カニ殻よりのキチン・キトサン、それに、牛皮・牛骨からのコラーゲンを機能性素材として利用することを試みてきました。言うまでもなくDNAはほとんどの生物の遺伝子ですが、一方、他の側面から見ますとこれは独特の化学構造を持つ超巨大高分子で、まだ知られていない多くの機能を持っている可能性があります。例えば、最近我々は、紫外線照射によりDNAを固定化した多孔性ガラスビーズカラムによりダイオキシン、 PCB等の環境ホルモンを除去できることを見出しました。これは、平面構造をもつ芳香族系化合物のDNAへのインターカレーションという現象を利用していますので、これらの化合物のみを選択的に除去できます(図参照)。従ってこの現象を利用して、母乳中に含まれているダイオキシン、PCBのみを他の栄養成分に影響を与えずに除去するような方面に利用できる可能性があります。素材としてのDNAはコラーゲンやキチン・キトサン等、他の生体関連高分子との複合化により、さらに多くの可能性が広がることが期待されます。これらの生体関連高分子を利用して、生物や地球環境にやさしい機能性素材を作り出したいと考えています。


---

Γεια フィールドノート(6):
火山活動が生態系に与える影響を知るには?

露崎 史朗    つゆざき しろう

 世界には約550の陸上性火山が存在し、Ring of Fireと呼ばれる環太平洋火山帯に属する日本だけに限っても86の活火山がある。2000年の有珠山噴火、三宅島噴火は、ホットなニュースであったが、小噴火をいれれば毎年、日本のどこかで噴火が起こっているといっても過言ではなかろう。これらの火山の影響は、地球レベルでは、火山噴出物が成層圏に達すると、温室効果とは逆に冷蔵室効果により地球規模での温度低下が起こり生態系に大きな影響を与え、また火山活動および、それにに伴う地震や津波は、時として大きな人災を引き起こす。当然ながら、日本における植物群集の発達にも、様々なスケールで噴火活動の影響が強く表れている。

 火山噴火初期段階における環境は、短い時間で変動し、それに伴う群集変化も著しい。火山活動は、タイプ、規模、頻度により異なる影響を陸上植物群集に与えるが、撹乱を受ける群集側も地理的レベルでも地域レベルで異なる。そこでまず、個々の火山における、言いかえれば、地域レベルでの火山における、植物群集の動態を明らかにすることが必要である。ついで、各火山における群集動態の共通部分を見つけ出すことにより、よりグローバルなレベルでの火山が生態系に与える影響を明らかにできよう。これまで、火山活動による撹乱後の植物群集動態についての研究は、調査に際する多くの障害にも関わらず、各地の火山において行われてきた。今後は、これらの火山間における群集動態の普遍性を見つけ出すことが大きな作業となろう。そのためには、以下の2点が重要である。

  1. 噴火前の植物群集構造は、噴火後の群集構造を大きく制約しているため、 噴火前の群集を調査しておく必要がある。しかし、世界的に見ても噴火前に詳 細な調査がなされた報告はない。
  2. 永久調査区による長期観測は、植物群集動態を実証できる唯一の方法ともいえる。現在、LTER (Long-Term Ecological Research)データベース化が始まっている。有珠山山頂部には1983年に永久調査区を設置し、2000年まで継続調査が行なわれている。有珠山は、2000年3月31日に22年ぶりに噴火を行ない、現在も火山活動は続いている。これらの調査区で追跡調査により、噴火以前の状態と比較が定量的に行なえる。追跡調査により火山噴火後の群集動態の予測性も高まり、ハザードマップを始めとする災害予測や防災手法への応用も可能となろう。


  1. 1977-78年噴火の影響を調べるために有珠山に1983年に設置された永久調査
  2. 1996年噴火の影響を調べるために渡島駒ヶ岳に設置された永久調査区
  3. 1996年噴火後ニュージーランド、タラウェア山に設置された調査区。1997年 調査。ワイカト大学、クラークソン博士によって調査継続中

 ガイア6号をお届けします。 自画自賛ではないが本号も多種多様な原稿がそろった。構成は海洋に関するも のが2件、火山と環境ホルモンに関するものがそれぞれ1件である。 扱う現象も地球温暖化や海の砂漠化だったり、あるいは火山活動が与える生態 系への影響だったりする。方法論もモデル計算によるものや、高分子化学、天 然物化学に基づくものなど幅広い。これらを見るにつけ研究者によって地球環 境への接し方、捉え方が異なり、それによって研究の多様性(研究者の多様性 はもちろん)が保たれていることが伺い知れる。この多様性を保ちながら、共 同研究やプロジェクトをどう進めていくのかが、今後の課題のような気がする。 本号の記事の内容を含め、ガイアに対するご意見をガイアのメールアドレスに お寄せ下さい。(ST)