地球 Γεια  Earth



Γεια 意見表明/地球環境科学という座標軸
須賀 利雄* すが としお 

 地球環境物理学講座に所属し、海洋物理学に携わりながら、 「私のやっていることも地球環境の研究の一部だ」と漠然と納得していた。 そうやって、地球環境科学とは何かを深く考えずにいるうちに、 地球環境というキーワードが世の中にあふれてきた。

対外的にはもちろん、自分自身の問題としても、 「地球環境科学とは何で、いま自分はそれにどう関わっているのか」 をもっと明確に意識しなければと感じはじめた時期に、この冊子の創刊号が届いた。

 「自然現象の理解、環境破壊の予測と修復方法の評価」 などから構成される地球環境科学は(既存学問分野の) 「境界領域というより、むしろ新しい学問分野の創出である」 という池田氏(創刊号)の考えや、 「的はずれな治療」を避けるために 「地球と人間の関係についての広範な知識を蓄え、体系化すること」 が地球環境科学の本来の目的であるという南川氏(3号)の考えに、 私も基本的に賛成でき、そういう認識から出発して自分の位置を確かめたくなった。

 まず、地球環境科学は「環境と人間の関わり」 あるいは「人間にとっての環境」という視点を本質的にもっているものと考えたい。 地球環境科学には、 単なる地球の自然科学とは異なる独自の方向性と価値基準がある。 つまり、地球環境科学という座標軸が存在する。 したがって、 海洋物理学に携わることイコール地球環境科学に携わることにはならない。 海洋物理学にはまた別の座標軸があり、 その成果を地球環境科学の座標軸に射影して (他の分野からの寄与と合わせて)はじめて、地球環境科学に貢献できる。

 つぎに、地球環境科学への関わり方には、いわばプロパーとして、 その座標軸の方向や目盛りを決めるような関わり方と、 具体的な問題に応じて、 それぞれの分野から成果をその座標軸に射影するような関わり方の 二通りあると考えたい。 対象とする問題の複雑さを思えば、 各研究者の関わり方は固定したものではなく、 問題の性質に応じて前者になったり後者になったりする柔軟さが求められるだろう。 それと同時に、 既存の各分野においては絶えずそれぞれの座標軸を伸ばし、 改良していくことが、地球環境科学(はもちろん学問全体) の発展に不可欠であることは言うまでもない。 そのような形での発展を考えたとき、 必要なのは分野間の情報流通ネットワークと 目的に応じた情報集積・プロジェクト企画を担うセンターだろう。 ガイア・グループの活動はその一翼を担うものと (いまは海洋物理学の座標軸に乗る者のひとりとして)歓迎したい。

*東北大学 大学院理学研究科 地球物理学専攻 980-8578 仙台市青葉区荒巻字青葉

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Γεια 中核的研究拠点形成(COE)計画    
乗木新一郎      のりき しんいちろう  

「北海道大学の地球環境学」はどうあるべきかを模索、議論しつつCOE申請を行って きた。来年度に向けて「研究テーマ:海洋における炭素・窒素の動態研究」「研究拠 点名称:海洋地球環境学ハブ研究拠点」をまとめた。残念ながら今の所、手ごたえは ない。ご意見、ご批判をお願いいたします。申請書の全文は私のところにあります。

<拠点形成の基本姿勢>

  1. 自然系から問題点を抽出し変化を制御している素過程を定量的に記述する研究が 必要である。 
  2. また、地球システムは、人間活動に応答して変化する。
  3. 主要な素過程について、シミュレーションモデルで評価する。 
  4. そして、環境を好ましい生態空間とするためのシナリオを提示する。
  5. さらに、「海洋」が最も重要な「鍵をにぎる場」と考える。

< 目的 >

 観測による自然の理解とモデルによる評価と環境像提示を行う研究ユニットを作 る。それには、Inputされた問題に対して対策シナリオをOutputできる機能を持たせ る。特に、海洋を中心とした地球環境研究に特化した拠点を形成する。研究は3本の 柱から成る。 

-炭素循環-

 重要な温暖化気体である二酸化炭素の運命は海洋が握っていることがはっきりして きた。全球的には、西部北太平洋が大きな役割を果たすという見解で、国内外の研究 者が一致している。

-窒素循環-

 大量の施肥あるいは人類を含む動物からの窒素化合物の自然系特に海洋への負荷 は、窒素循環を撹乱している。そのバランスの乱れが地球環境に大きなダメージを与 えてようとしている現在、窒素循環研究を避けては通れない。

-モデル・シミュレーション-

 物理・化学・生物結合システムを理解するには、物質循環を支配している、化学・ 生物的プロセスと、物理的プロセスを相互に検証しながら、化学物質収支に注目し て、その分布を把握し、循環機構の解明を行うことが必要である。
 以上の現状認識に立って、根幹をなす課題として3つをあげる。

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Γεια 培養細胞を用いた環境ホルモンの生体影響評価法
藏崎 正明     くらさき まさあき

 化学工学の発展により、人工の化学物質の種類は年々増加しており、1999年12月現 在でケミカルアブストラクトに登録された化学物質の総数は、2200万種類にのぼり、 毎日約5千を越える化学物質が新たに登録されている。これまで化学物質による生体 影響は、毒性学的観点から研究されてきた。しかし、最近、環境ホルモンと呼ばれる 微量の化学物質による生体影響が報告され、これまでの考えでは対策が立てられなく なってきている。環境ホルモンは正式には、外因性内分泌撹乱化学物質と呼ばれる化 学物質の総称である。その定義については統一的な見解は得られていないが、これま で主に女性ホルモンあるいは男性ホルモンの作用に影響を与える物質として研究が進 められている。PCBやDDT、ノニルフェノール、ビスフェノールAなどは前者の例であ り、後者の例としては、トリブチルスズ、DDE(DDTの代謝物)やビンクロゾリン(農 薬)などがある。しかし、これらの化学物質の微量暴露による影響が従来言われてい るような性ホルモン作用に留まるかどうかが現在大きな問題になると考えられてい る。

 我々の研究室では、これらの環境ホルモン様作用を持つ化学物質の微量暴露による 生体影響を評価する方法として、生体の分化と発生に着目し、神経成長因子を添加す ることにより神経様細胞に分化するPC12細胞を用いて、化学物質の分化に対する影響 を見ることを試みている。写真1は神経成長因子の作用により伸展したニューロン様 腺維がわずか10 ng/mlのビスフェノールAの添加によりその伸展が抑制されている様 子を示している。また、生体の発生分化段階で必須であるアポトーシス(プログラム された細胞死)を指標にした評価方法も考えている。アポトーシスを起こした細胞の DNAはラダー状になるのだが、写真2は船底塗布剤であるトリブチルスズの極微量 の暴露でアポトーシスを抑制し、その最大暴露でアポトーシスを促進する二つの作用 をもつことを示している。これらの結果から、ここに示した化学物質には低濃度暴露 でいわゆる性ホルモン撹乱以外の作用もあることが示唆された。今後、この評価系の 完全な確立を目指し、多くの化学物質の多様な生体影響を再検討する必要があると思 われる。

写真1 神経成長因子添加(a)で伸展した腺維が最終濃度10ng/mlのビスフェノールA の添加で抑制されている(b)。
写真2 6OHDA(lane2,3)及びFBS(-)処理(lane5)で起こしたアポトーシスが最終濃度 1pg/mlのトリブチルスズの添加で抑制されている(lane4,6)。無処理はlane1、DNA マーカーはMに示した。

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Γεια フィールドノート(5):
ショウジョウバエの分布を決定する要因について

木村正人    きむら まさひと

一般的には地球温暖化に伴い生物種の分布域はより高緯度まで広がると予測されてい る。しかし、この予測も、現在生物の分布がどのように決定されているかそれほどよ く分かっていないため、その確かさは定かではない。現在、私はショウジョウバエの 分布を決定する要因について研究を進めており、その結果の一部を紹介したい。  分布を決定する要因としてはまず温度耐性が挙げられる。そこで、日本各地より得 られたショウジョウバエ38種について、分布の北限と低温耐性の関係について調べて みた。23℃で飼育したメス成虫をさまざまな低温(-8〜10℃)に24時間曝したときの 半数致死温度を図に示す。尚、これまで調べた限り、同種内では半数致死温度に地理 的変異はほとんどない。

 一般に半数致死温度はより北方まで分布する種ほど低く、低温耐性がショウジョウ バエの北限を決定している重要な要因であることが分かる。しかし、低温耐性と北限 は完全に一致している訳ではない。種19、20は人家のような暖かい場所で越冬してい るか、それとも毎年南方から移動してきているようである。種21は札幌近郊では優占 種で、何故この種の低温耐性が低いのか現在全く不明である。種22、23の場合、ニッ チの似た、低温により強い種が北海道に分布しており、これらの種との競争により北 海道には分布できない可能性がある。種28は沖縄にのみ分布する種であるが、種24と 極めて近縁であり、これらの共通祖先種が氷河期に南方に分布するようになり、その 後沖縄に取り残された個体群が低温耐性を維持したまま種分化したのかもしれない。

ショウジョウバエ38種のメス成虫の半数致死温度。 飼育は23℃でおこなった。

 ガイア5号をお届けします。 新世紀に入ったとたんに暖冬の予測を覆す豪雪に見舞われ、 改めて科学の未熟さを思い知らされたところです。 この号では外部の先生から寄稿いただきました。 また化学物質の生物への影響評価などの研究成果も初めて紹介し、 フィールドノートも視点を変えて、生物の分布を扱っています。 このように地球環境科学はさまざまな学問分野の投影から成り立つ学問体系です。 本号で紹介したCOE計画も含め、ガイアに対するご意見をお待ちしています。(TI)