地球 Γεια  Earth



Γεια 思わぬ地球環境問題
平川 一臣    ひらかわ かずおみ  

地球環境問題というと、人はたとえば地球温暖化やオゾン層破壊などのよう な地球規模の現象を想う。たしかに地球規模の現象は大問題にはちがいない。し かし、私たちの足もとの思いもかけなかったところで劇的にそして急激におこっ ている自然環境の仕組みの変化も重要である。北海道・十勝平野から二つの例を 紹介しよう。

その1:漁港突堤建設と海岸浸食の急速化(写真参照)
 十勝平野の太平洋 海岸線は直線的に伸び、5?30mほどの切り立った急崖をなす。こんな海岸線だか ら港は突堤で囲んで作るしかない。大樹町の旭浜漁港の建設が始まったのは 1975 年である。これを契機に海食崖は 25 m後退した。つまり毎年 1 m づつ海 に食われるようになったのだ。それ以前の1945 年頃?1975年までの30年間には崖 ほとんど後退していなかった。浸食が急になった原因は、沿岸流によって運ばれ ていた砂利を漁港の突堤が止めてしまったことにある。崖の上では防風柵で囲ん で樹木を育てようとしているが、育つ前に確実に海に飲み込まれるだろう。この ような一連の変化を深刻に受けとめている様子はない。

トーチカの残骸が1975年までの崖の位置

その2:開墾と土壌侵食・河川水理の劇的変化
 やはり十勝平野南部のこ とである。忠類村という農村はほとんどが火山灰台地の上にある。この台地を流 れて太平洋に注ぐ当縁川という小さな川は、下流の低地では、このところ毎年融 雪期に氾濫し、砂を堆積する。過去3?4000年来ずっと湿地?泥炭地であったとこ ろに、突然砂や小石が大量に運ばれるようになっているということである。これ は、流域が開墾された時期、つまり明治の中頃以降とまさに一致している。人間 による開墾・森林破壊が流域の自然の系を乱す、これは世界各地でさかんに取り 上げられている研究テーマで、十勝でも日英科学共同研究に発展しつつある。

 人間の活動は、思わぬ規模や速さで思わぬところに影響を及ぼす。 このような足もとの問題にも地球環境研究者の眼はもっと向けられてよい。

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Γεια 地球をめぐる水の循環−チベット高原をめぐって
沼口 敦    ぬまぐち あつし  

うっそうとした森、低木の混じる草原、荒涼とした岩と砂の沙漠。このような多 様な陸地の環境は、温度とともに水が豊富であるか否かに大きく支配されている。 陸上の水はもとよりそこにあったわけではなく、数日から数年前に地球の最大の 水がめである海を起源とし、そこから蒸発した水蒸気が風によって輸送され、雨 や雪となって大地にもたらされたものである。水の輸送は地形や大気の大循環に 依存して非常に不均一で、それが雨や雪、そして地表環境の不均一な分布を生み 出している。

 私たちがいま特に注目しているのは、チベット・ヒマラヤ域での水の循環であ る。夏季のチベット高原上では雲の活動が盛んだが、この雲をもららす水蒸気が 平均標高5000mに近い高原にどこからどうやって供給され、緑に覆われた湿潤な 環境が維持されているか。それが大きな問題意識のひとつである。北にコンロン 山脈、南には8000m峰をかかえるヒマラヤ山脈を控えており、それを越えて大気 下層から水蒸気がたやすくやって来るとは考えにくい。

 現在普通に用いられる全球気候モデルは格子が粗く山脈の効果を適切に表現し ているとは言い難いが、それによればチベット高原の北縁(図:緑太線)より南側 ではインド洋起源の水蒸気の南からの輸送の寄与が大きいと評価される。また TRMM 衛星(図:色分け)や地表観測(図:円の大きさ)の降水量も南東部ほど多く、 やはり南からの水蒸気の輸送が多いと推察される。私たちはこの問題を考える上 で、降水にふくまれる水の安定同位体に着目して いる。夏の降水の安定同位体 比は水蒸気の起源からの距離を反映していると考 えられる。中国の研究者と共 同でチベット高原上の数点で降水の同位体をサン プルし分析した結果は、高原 中央部で最も小さい同位体比を示す。これは高原北部では北方から、南部では南 方から水蒸気がもたらされるという結論を支持する。

 ではどのようなプロセスでヒマラヤ山脈を越えるのだろうか。おそらく複雑な 地形による局地循環や積乱雲による水蒸気の輸送が大きく効いていると私たちは 見ている。それをはっきりさせるため、ネパールなどの周辺にも同位体観測網を 広げるとともに、詳細な地形を表現できる細かい格子の数値モデルでの解析や、 同位体の変動過程を組み込んだモデルによる同位体データの定量的解析を試みて いる。詳細な大気海洋の数値モデル、衛星データ、物質循環解析等を組み合わせ ることで、地域環境変動のサイエンスとグローバルなサイエンスとをいかに有機 的に結びつけるかがこの問題から出発した私たちの課題である。

チベット高原周辺の水蒸気輸送(概念図)と降水分布

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Γεια 高山生態系の行方は?
工藤 岳    くどう がく  

森林限界の上部に存在する高山生態系は全陸域生態系のわずか3%に過ぎない が、人為的影響をほとんど受けずに残ってきた貴重な原生自然地域でもある。そ のために、地球環境変化を客観的にとらえるセンサーとして最近注目され始めて きた。

 湿潤な日本の高山生態系は、豊富な積雪が作 り出す雪解けパターンの複雑性によって維持されている。ほとんど積雪のない尾 根周辺には風衝地植物群落が形成され、適度の積雪があり比較的雪解けが早い斜 面にはハイマツ群落が現れる。雪解け後の排水が悪い場所には高層湿原が形成さ れ、夏になってようやく雪が解ける場所には、登山者に「お花畑」と称される雪 田植物群落が現れる。個々の群落は異なった植物種によって構成されており、様々 なタイプの群落がモザイクのように組み合わさって高山生態系を作り上げている。 これは,高山生態系の環境傾度(すなわち雪解け傾度)が明瞭であることを反映 しており、積雪収支が変化すれば高山生態系の種多様性が大きく変化してしまう ことを意味している。

 雪解け傾度が作り出す重要な生態学的影響に植物の生育期間の短縮がある。雪 解けの早い場所では毎年約4ヶ月の生育期間が確保できるが、雪解けが遅い場所 ではわずか60日ほどの生育期間しか確保できない。これに相当する空間的移動は、 緯度に沿った水平的距離で数千キロ、標高に沿った垂直的距離で千数百メートル に匹敵する。ところが高山生態系では,風衝地から雪田へかけてのわずか100m そこそこの移動距離でこれほどの生育環境の違いが起きてしまうのである。また、 雪解け後に植物が経験する季節性の違いは、植物と花粉媒介昆虫や食害性昆虫と の相互作用を多様にする。 最近の研究によって、雪解け時期の異なる集団間で 自然淘汰のかかり方が異なっており、局所的な遺伝的分化が生じている可能性が 示されつつある。集団間の開花時期のずれは花粉媒介を通した遺伝子交流を隔離 し、短い種子散布距離は集団間の移出入を妨げる。すなわち,雪解け傾度は種内 の遺伝的多様性の創出維持機構としても機能しているのである。

 このように、高山生態系に深刻な影響をもたらす環境変化は単なる気温上昇だ けではなく、それに伴う積雪収支の変化である。高山生態系における環境操作実 験や植生変化の長期モニタリング体制の構築が北アメリカやヨーロッパを中心に 進んでいるが、我々のグループでもユニークな環境傾度である雪解け傾度を利用 した研究プロジェクトを大雪山で行っている。温暖化に敏感な高山生態系の反応 は、より複雑な森林生態系での影響評価の際にスタンダードとしての意味も持つ。 同じ地球にいる限り、高山生態系の行く末は我々自身の行く末を見ていることに 他ならない。

雪解け時期と高山植物の開花時期との関係
雪解け時期の子となるつの雪田植物群落における、 構成種の開花時期の季節変化。 同じ種であっても、開花時期は場所によって大きく変化している。 すべての場所に現れる種は、黒以外の同じ色で示している。
1.コメバツガザクラ、2.エゾイチゲ、3.ウラシマツツジ、 4.ミネズオウ、5.クロマメノキ、6.キバナシャクナゲ、 7.エゾツガザクラ、8.チングルマ、9.ハクサンイチゲ、 10.アオノツガザクラ、11.コケモモ、12.ハクサンボウフウ、 13.エゾヒメクワガタ、14.ヨツバシオガマ、15.コガネギク、 16.ミヤマリンドウ、17.チシマツガザクラ、18.ハイオトギリ、 19.エゾコザクラ、20.ミヤマキンバイ、21.クロウス

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Γεια フィールドノート:
テングザルの生態研究

東 正剛    ひがし せいごう  

 ボルネオ島にはオランウータンやテナガザルなど多数の霊長類が生息しており、 その生態もかなり明らかとなってきた。しかし、ボルネオ島固有の種であるテン グザルは、内陸域のフタバガキ優占林を避け、マングローブ林や河辺林の樹冠部 で生活し、人に慣れにくいこともあって、その生態はあまり解っていない。当初、 我々は中部カリマンタンでの観察を目論んでいたが、度重なる森林火災の影響も あって、観察に適した個体群を見つけることができなかった。

 そこで、インドネシア領内での観察をあきらめ、比較的森林火災の発生頻度が 低く、まだテングザルの個体群密度も高いマレーシア・サバ州の東部域で調査す ることにした。まず、1996年と1997年にこの地域を踏査したところ、キナバタン ガン川流域のスカウ村近くでテングザルの群れを多数発見した。ここは野生生物 サンクチュアリーに指定され、観光地ともなっているため、テングザルが比較的 人慣れしていて観察しやすい。現在、サバ州野生動物局の協力の下、博士課程3 年生の村井勅裕君と妻・倫子さんがこの村に居を構えて観察を続けている。 

 霊長類の生態研究では、個体や群れの識別が重要だが、このサルはほとんど林 床に降りてこないため、遠くからでも識別できるかどうかが研究の成否を左右す る。そこで、我々は河辺林の樹冠部にいるテングザルをボートの上からビデオに 収め、それをテレビ画面上で拡大して何度も観察し、できるだけ多くの個体と群 れを識別することにした。また、このビデオ作戦では、観察途中で新しく思いつ いたアイデアを過去の映像から検証することもできる。当初は半信半疑で採用し た方法だが、観察開始から2年近く経った現在、いくつかの個体と群れを識別で きるようになり、他の霊長類とやや異なる社会構造が徐々に明らかとなってきた。  

ガイア4号をお届けします。これで最初の年間4号を出したことになります。平成13年度のCOEを申請しました。研究テーマは「海洋における炭 素・窒素の動態研究」で、21世紀は地球環境問題に対する人類の英知が試される時,との基本認識に立って海洋を中心とした地球環境研究に特化 した拠点を形成することを目指しています。追ってガイアで紹介される予定です。二年目を迎えるガイアが活発な投稿,意見交換の場になればと願 っています。以下のメールアドレスにお寄せ下さい。