地球 Γεια  Earth



Γεια 地球環境科学の目的
南川 雅男    みながわ まさお  

 地球規模の環境問題が自然や人類に及ぼす影響を声高に叫ぶことは、 社会がいつまでも問題に気づかなかった頃には必要なことだった。 その影響評価もバージョンアップしていく必要があるから、 今後もこのような発信を繰り返すことは研究者の責務だろう。 しかし、世界がフロン生産に終止符を打ってからはや12年、 時代は移りつつある。 国際世論も地球環境問題に向けた体制をとりつつある。 そのような中で地球環境科学が担っていく方向も 徐々に明らかになってきているのではなかろうか。

 温暖化によって何が起こるか、影響を正確に評価し、 的確な対策をたてることが重要で、 そのことが将来の深刻な問題から人類を救うことができると信じてきたし、 そう訴えもした。 だからその事が地球環境科学の最大の目的であるように うけとられるのもやむを得ない。 しかし、温暖化対策は地球環境科学が担う応用問題のひとつであって、 その他の環境問題、 たとえばオゾンホールや酸性雨などと同様に緊急度の高い問題のひとつでしかない。 私は地球環境科学の本来の目的は 「地球と人間の関係についての広範な知識を蓄え、体系化すること」 にあると思う。 すべての学問は人類のために役立つことを前提としているから これ以上の注釈はつかない。 この目的に近づくことで、 人間活動が引き金になって起こる地球表層のかく乱の実態が理解でき、 的確な対処を行えるのではないかと思っている。 ちょうど、風邪をひいた患者には解熱剤も必要だが、 肺炎の恐れや、他の臓器の働きを監視するなど 総合診断をおこなうことが欠かせないことと似ている。 人間の身体と心、そして細菌などの病原体についての深い医学の知識が、 正しい治療を可能にするはずである。

 研究費を獲得するための申請書を書くとき、 当然のことだが研究目的は具体的に書くことが求められる。 毎年これを繰り返しているうちに、 学問の目的も具体的でなければとつい錯覚してしまうことがある。 人間と地球のつきあいは今後も続くし、 人間が次に何を引き起こしてしまうか今はわからない。 ただ、それがどのような問題であっても、 的はずれな治療だけは避けなければならない。 そのための総合診断をするのは、 もっぱら地球環境科学ではなかろうか。

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Γεια 地 豊かさ便利さへの飽くなき追求と地球環境
田中 教幸    たなか のりゆき  

 最近、インドネシア、ロシア等に旅行することが多くなり、 これらの国の都会には自動車があふれていることを目の当たりにしている。 一見するとニューヨーク、東京といった大都会の風景を思わせるが、 自動車は二−三世代も前のものであり、 黒煙をあげて走る車の排気ガスは目に余るものがある。 大気の質は当然最悪で、 日本では忘れられている光化学スモッグが、ここでは現実のものである。 この状況が地域住民にとっても また全球規模での地球環境においても望ましく無いことは、 簡単に指摘できることではある。 しかし今すぐ環境への配慮をしいられたら、 これらの国々では誰もが自家用車を所有する自由を束縛することは 火を見るよりも明らかである。 日本人が共有する環境倫理感も、 実は先進諸国の豊かさと経済戦略上のエゴによって支えられている面もあり、 決して人間の純粋な社会倫理だけに基づいている訳ではないといえる。 押しつけがましい倫理観は発展途上国の経済的利益を犠牲にさせ、 経済における国際競争力の低下を強いることとなる。 最近、先進国で開発された環境に負担を掛けない技術を有償、 無償の国際協力という形で発展途上国に導入して 環境問題を解決に導こうとする動きもあるが、 はたしてどれだけ効果が期待できようか。 インドネシア、カリマンタン島において伝統的な狩猟、農耕、養魚方法が 幾世代もの間、周辺環境を保全しながら、十分な食料を生産し続けていたが、 最近の西欧化の動きに根ざした大規模開発で 伝統的な生活基盤はすっかり破壊されてしまった。 加えてもともと貧栄養である土地の栄養塩の溶脱により、 回復不可能な状況になっている。 西欧の価値観にもとづいた無謀な開発計画は失敗したばかりか、 再利用不可能な数百万haの土地を無残にさらしている。 私の目にはこの荒れ果てた土地は、 現在の科学の力で何でも可能に出来ると理由も無く信じている 人間の愚かさをあざ笑ってるように映った。

 もしかしたらわれわれに必要なのは、知識の確実さ不確実さの度合いを調べて、 客観的事実として知っていることと、 信じていることの違いを明らかするること、 またそこに拠り所を求めるEnvironmental Epistemology (環境エピステモロジー)の立場ではないだろうか。 この実現のためには以前にも増しての人文学と科学の融合をはかるべきで、 この面から地球環境科学が担う責任は重い。

まるで東京都内を思わせる交通渋滞のインドネシア共和国・ジャカルタ市内の高速 道路

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Γεια 無機元素組成分析から過去の環境変動を再現する(その1)
巨大隕石衝突によるキューバの津波堆積物の例

工 豊田 和弘    とよた かずひろ  

 高さ約300メートルの津波がニューヨークを襲う場面が印象的な映画「ディープ・ インパクト」では、巨大隕石衝突により絶滅の危機に直面した人類の一部が米国ミズ ーリ州の地下の鍾乳洞に2年間ほど潜んで、地球環境が人類の生存できる状態に戻る のを待つという設定になっていた。現実に、数珠状に連なった巨大彗星が木星に次々 に衝突しているシーンが観測されたのは6年前である。千年間に直径1km以上の 小天体が地球に衝突する確率は0.5%と見積もられている。ということで、巨大隕石 が地球に衝突した場合に引き起こされる全地球規模での環境破壊について、まじめに 検討されている。たとえば6千5百万年前にメキシコのユカタン半島付近に落下して 、恐竜などを絶滅させたと考えられている巨大隕石は直径約10kmと推定されてい るが、この事件後に地球の生態系や環境が破壊されてどのように回復したかについて は不明な点が多い。それらを復元するため、6千5百万年前の巨大隕石衝突直後に、 比較的早い速度で連続的に堆積した地層から、高い時間分解能で試料を採取して、環 境指標となる各項目の経時変化について解析しよういう計画が遂行されている(代表 :松井孝典・東大院教授)。ユカタン半島に近いキューバで大規模な野外調査がおこ なわれた結果、数百mとい う厚い津波堆積物層の存在が数カ所で確認された。私はイリジウムという貴金属元素 の定量分析を担当しており、原子炉であらかじめ放射化した試料からイリジウムを化 学分離(右下の写真)して測定した。津波堆積物最上部の粘土層中で約6cm厚 の層にイリジウムが濃縮している(下図)ことがわかり、確かにこの津波堆積物は巨 大隕石衝突により引き起こされたものであることを証明できた。地球上の通常の堆積 物にはごく微量にしか存在しないイリジウムは、隕石中にはその数万倍もの濃度で含 まれている。ここでは恐らく巨大な津波により海中に巻き上げられた礫・土壌粒子が 何十日かで海底に沈殿した後、激しい衝突で高度約10km以上の成層圏まで巻き上げ られた、イリジウムに富んだ隕石微粒子が2〜3年ほどで降下して堆積したために、 このようなイリジウム濃度の高い層が生じたと推測している。そうすると、この場所 は堆積速度が1年間に2〜3cm程度と推定できて、事件後の環境変動を数カ月単位で 記憶している貴重な試料と考えられる。

キューバ津波堆積層最上部の粘土層中の イリジウム含有量の垂直分布と分離試料中の イリジウムから放出されるγ線スペクトルの1例

 放射化したキューバ堆積物試料を分解した 液からイリジウム成分を回収したのがビーカー 内の溶液である。RI総合センターにて撮影

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Γεια フィールドノート(3)
発育の阻害された中央カリマンタンの低地林

甲山 隆司    こうやま たかし  

 ボルネオの熱帯低地多雨林の代表といえば、混交フタバガキ林である(多樹種から なるが高木層にフタバガキ科の樹種が優占するのでこう呼ばれる)。樹高70メートル を越える巨大高木に、1haに300種も出現する樹種多様性.きわめて興味ぶ かい対象だ。この混交フタバガキ林は、低地といっても起伏のある丘陵地形に出現す る。平坦で滞水するような地形では、木質泥炭が厚く堆積する泥炭湿地林や、溶脱が 進んだ珪砂質土壌上のクランガス林(インドネシア語で米の育たない土の意味)にな り、樹高も30メートル程度、樹種数も100種前後になってしまう。 中央カリマンタン州で植物生態班が調査を始める時、平坦なパランカラヤ市周辺に は泥炭湿地林かクランガス林しかなく、少々気落ちした。しかし、である。種数が少 ないことは、比較的1種ごとの挙動が追いやすく、また森林も小さい分扱いやすい。 さらに、おなじ気候環境下にありながら、滞水や栄養塩制約のために生態系の発達が 阻害される,その仕組みも興味ぶかい.思い直して,1997年以降,パランカラヤ市東 北のラヘイ地域で,クランガス林と泥炭湿地林に永久調査区を設定して,観測を続け てきた。

 クランガス林の結果が出そろってきた。地上部の現存量(乾燥植物体量)でヘクタ ールあたり200t、純一次生産速度(年間光合成量から植物の呼吸量を差し引いた 値)は年20t程度で、いずれも混交フタバガキ林の約半分である。クランガス林は きわめて回転が遅いシステムだと考えられてきたが、回転率は混交フタバガキ林とか わらない。ひょろ長い樹形の個体が密生する低木・稚樹層は,従来考えられていたよ うに成長の悪い個体が滞留してできるのではなく、成長が良く回転も速い集団である こともわかってきた。そうなる仕組みも解けつつあるところ、である。

小径でもひょろ高い個体が密生するクランガス林の林内。

 ガイア3号がお手元に届く頃には、この夏全国をおそった猛暑もだいぶ静まってい る 頃かと思います。つくづく季節変化のありがたさを感じます。一方、今年有珠山では じまった噴火、今は三宅島の火砕流が報道されています。いずれも地球のエネルギー の大きさを見せつけているようです。住民の生活はもとより、周辺の生態系や海洋へ の影響が心配されます。  さて、このニュースレターの購読希望が増えています。開かれた情報媒体をめざし ていますので、ぜひ皆様のご意見をお寄せください。