Geia Newsletter No.2 (Jun. 2000)

大気中の二酸化炭素の行方 - 西部北太平洋で働く生物ポンプ ?
乗木新一郎　　　のりきしんいちろう　

　植物プランクトンは海洋表層で光合成をしており、大気中の二酸化炭素の行方と深く関わっている。二酸化炭素の大気/海洋間の出入りに、生物が関与している働きを生物ポンプと呼んでいる。

　北大西洋を出発した深層水は、南極海を通って太平洋を北上し、西部北太平洋に至る約２０００年の間に栄養塩を積み込んでくる。リン酸塩は約２倍、硝酸塩も約２倍、ケイ酸塩は実に約１０倍の濃度になる。この西部北太平洋域は、高栄養塩、微量元素の充分な供給などの化学的条件が整っていて、日照量の増加、気温と水温の上昇が始まる春季に大きなプランクトン増殖（Spring Bloom）がある。ケイ酸塩濃度が相対的に高いこの海域では、プランクトンの優先種はケイ藻となる。この様な場合、生物ポンプは、海水中の二酸化炭素濃度（fCO2：Fugacity）を下げて大気の二酸化炭素を海洋へ溶入させる方向に働く。

　プランクトンの死骸は表層から深層に向かって沈降して行く。この物質（沈降粒子）をセジメントトラップと呼んでいる容器に捕集して、時系列に解析すれば、表層で働いている生物ポンプの大きさを知ることができる。

セジメトトラップの図

上の図は、セジメントトラップに捕捉されたオパールと炭酸カルシウムの沈降量を表したものである。西部北太平洋域は、特に春季に大きなオパール粒子の沈降があり、大気中二酸化炭素のシンクになっている。一方、南の海域では、沈降粒子の絶対量もオパールの割合も小さい。ケイ藻ブルームの起こる時期、規模、期間、海域の移動などが、大気中二酸化炭素の増減に深く関わっていることから、特に、北の海域は地球の未来環境の鍵を握っていると断定して良いだろう。

　そこで、我々のグループは、太平洋での生物ポンプの時空間変動を、特に、南北、東西の違いや日本海、オホーツク海などの縁辺海に注目して明らかにしようとしている。

　その一環として、基盤研究(B)(2)（代表　乗木、平成11、12年度）「日本列島を挟む２つの定点での生物粒子生成による二酸化炭素の固定と深層への輸送機構」を実行している。

絶滅のメカニズムを考える
東　正剛　　ひがし　せいごう　

地球上ではこれまでに約150万種の生物が記載され、まだ発見されていない種を含めると恐らく一千万を超える生物種が生息していると見積もられている。現存種の数は約38億年という生物の歴史の中で種分化によって誕生した種の数と絶滅によって消え去っていった種の数の差と理解できるから、これだけ多数の種が現存するということは、平均絶滅率は平均種分化率よりもはるかに小さかったはずである。しかし、産業革命以降の人口爆発により、生物の絶滅率は急激に上昇し、この約100年間における絶滅率の上昇は指数級数的である。

　私たちは野外において様々な生物の生態情報を収集するとともに、生物多様性保全のための研究を進めている。現在、いくつかの稀少動物種について絶滅回避の方法を検討しているが、一旦個体数が少なくなった動物を絶滅の危険性から守ることは容易なことではない。これは、集団サイズが小さくなると、さらに集団サイズを低めようとする力が強く働くようになるからである。これを「絶滅の渦」とよんでいる（図）。

絶滅の渦

　今、個体数10個体から成り、ある年不慮の事故などで５個体が死亡し、代わりに５個体の子供が生まれた集団を考えてみよう。この集団の個体数は10個体で安定しているように見えるが、集団の質は急速に劣化している可能性が高い。第一に、小集団では近親交配の確率が高まり、近交弱勢が大きくなる。第二に、小集団では遺伝的浮動によって遺伝的多様性が減少し、環境変動への適応力が減少する可能性が高まる。生き残った個体が全くもっていない遺伝子を死んだ５個体がたくさん持っていた確率が低くないのである。第三に、小集団は人口学的要因のゆらぎの影響を受けやすい。たとえば、人口学的に性比は重要な要因だが、生まれた子供が全て雄あるいは全て雌である確率が(1/2)⁵ x 2 =0.0625と、けっして低くない。第四に、急激な環境変動による絶滅確率は集団サイズの関数でもあるから、小集団は台風や干ばつなどの影響をもろに受けやすい。従って、生物多様性を保全するには長期にわたる生態情報の収集に加えて、 DNA分析などによる遺伝的多様性の測定、数理解析による絶滅確率や有効集団サイズの推定など、さまざまな分野の研究者による共同作業が欠かせない。まさに、地球環境科学研究科にこそふさわしい研究テーマだと思う。

腐植物質の化学特性を利用した電気化学的環境修復法
田中俊逸　　たなかしゅんいつ　

地球環境を守るために我々が第一にしなければならないことは、汚染物質を環境中に排出しないようにすることである。このために汚染物質の排出を抑制したり、有害物質を無害なものに変換するなど汚染を予防するための科学技術の開発が行われている。しかし、現実には既に様々な有害物質で汚染された環境（土壌や湖沼・河川など）が多数あり、この有害物質を迅速に処理しなければ汚染による影響は益々広がり、人的被害を含む生体への影響をもたらすことになる。従って汚染された環境を修復し、元の安全な状態に戻す技術（レメディエーション法）の開発が今早急に求められている。わたしたちのグループはこのような観点から、環境の修復技術の開発に関する基礎的研究を行っている。その一つは、汚染された土壌から有害物質を掘り出すことなく移動除去できる電気化学的修復法（エレクトロメディエーション）である。この方法は、上の図のように汚染された土壌の近傍に二本の電極を埋め込み、電極間に電位を印加することによって汚染物質を電気化学的に除去しようとするものである。汚染物質が電荷を持っていれば電気泳動的に、電荷を持っていない中性物質の場合にも電気浸透流によって運ばれる。

腐食物質を利用したエレクトロレメディエーションによる土壌浄化の模式図

　特にこの際、森林資源の一つでもある腐植物質を洗浄剤として用いることによって汚染物質の除去効率を向上させることを目指している。これは腐植物質の可溶化能や錯形成能を利用して、難溶性の有害物質や重金属イオンの除去を効率よく行おうとするものである。腐植物質は自然界に多量にしかも広範囲に存在しており、腐植物質を洗浄剤として用いることによって二次汚染のない環境修復技術の開発が期待できる。また、腐植物質と汚染物質との相互作用を解明することによって、環境中での汚染物質の動態に関する知見を得ることができる。電気化学的修復法のもう一つは、有害物質の電気分解である。これは白金電極や酸化スズ電極を用いて、ビスフェノールAなどのいわゆる環境ホルモン物質を二酸化炭素まで完全に分解しようとするものである。これらの手法を実際の汚染サイトに適用するためには、乗り越えなければならないハードルがいくつかある。しかし、汚染物質も汚染形態も多様化している中、汚染の状況に最も適した修復法が選択できるように、修復法についても多様化が望まれており、天然資材を活用した幾つかの新しい修復法を提案したいと思っている。

フィールドノート（２）
カリマンタンの熱帯泥炭湿地林と森林火災
高橋　英紀　　たかはし　ひでのり　　

　地図帳の東南アジアのページを開くと、周囲にフイリッピン群島、ニューギニア島、ジャワ島などを従えてデーンと真中に鎮座しているのがカリマンタン島である。古くからボルネオ島と呼ばれていたが、その面積の７０％を占めるインドネシアはカリマンタンと呼ばれている。そのほぼ中央を赤道が走っておりまさに東南アジア熱帯の中心である。中央山地から南に数本の大河が大きく蛇行しながらジャワ海に注いでおり、その中下流域の湿地帯が私たちのフィールドである。そこには最終氷期以降に発達した熱帯泥炭地が広がりその堆積深は10mに達する。年3000mmに達する雨量と勾配1万分の１以下と言う緩傾斜地形は森の中を年中湛水状態に保ち、７月、８月に見られるわずかな乾季では地下水位は地表面からせいぜい20cm深に下がるにすぎない。そのため林床に堆積したリターは未分解のまま堆積し泥炭土壌を発達させている。

　その泥炭湿潤熱帯林に自記水位計を設置して水位観測を始めたのが1993年8月末で、その後、修論・博論研究の一環として参加した院生諸君の多大な努力で観測はいまだに継続している。その記録には1997/98年のエルニーニョ現象による少雨乾燥の影響が見事に映し出されていた。継続は力なりを実感したデータであった。６月からほとんど雨が降らないため地下水位はぐんぐんと下がり、 10月下旬には深さⅠ1mに達した。そうなると地下水面から上の泥炭層はからからに乾燥し、一度火のついた泥炭湿地林の火災は数千年にわたって堆積した泥炭中のカーボンを大気に放出しながら燃えつづけ遅れた雨季が始まった11月にようやく鎮火した。

　現在、泥炭火災のメカニズム解明が我々の重要な研究課題の一つである

泥炭火災

泥炭火災は比較的低温で燃えるため、燃えにくい根株がのこる。燃えた泥炭層はちょうど１ｍ。

　ガイア2号をお届け致します。桜前線がようやく札幌を通過して、最終の網走へ向かいました。海に目をやれば、西部北太平洋における最大のイベントであるケイ藻ブルームが、北海道沿岸域から外洋へとその場所を移しております。躍動する自然を感じる時です。 3月に新棟（通称C棟：表紙写真）が完成し、基幹講座が同じ建物（A,B,C棟）に入りました。これを機に、研究・教育体制の一層の強化がなされることになります。ご意見、投稿を歓迎します。以下のメールアドレスあるいはメンバー個人宛にお願いします。
　　　　