地球環境科学研究院21世紀COEセミナー (研究院アワー) 


日時:2006年5月26日:17:00より
場所:地球環境科学研究院講堂

座長:池田元美(統合環境科学)

演者1: 久万健志(生物圏科学専攻・海洋生物生産環境学コース)
演題: 海洋の基礎生産を支える鉄の挙動とその起源

海洋における鉄は、植物プランクトンの生長を支える微量金属元素の中でも、最も重要な金属の一つである。しかしながら、酸化環境下の海水中では鉄のほとんどは3価の粒状鉄(3価の水酸化鉄など)として存在しており、その溶解度は極端に低い。そのため海水中の溶存鉄濃度は著しく低く、海洋における基礎生物生産を支配する重要な因子である。また海洋における溶存鉄は、ある種の有機配位子と溶存有機錯体鉄を形成しており、それらの有機配位子の存在は、海洋における溶存鉄の鉛直分布を決定づける重要な因子であるとともに、藻類による鉄の取り込み、その後の増殖に重要な役割を果たしていると考えられる。しかし、鉄と植物プランクトンブルームの発生メカニズムについて、また鉄並びに溶存有機錯体鉄を形成する有機配位子の起源については、海域によって異なると考えられているが、明らかになっていないのが現状である。これまでの研究結果(海水中での3価鉄の溶解度、植物プランクトン鉄摂取増殖機構、北西部北太平洋における鉄の挙動)と、最近の研究である北太平洋の鉄の東西比較、及び縁辺海の一つであるベーリング海における基礎生産と鉄の挙動について紹介し、海洋の基礎生産を支える鉄の起源について考察したい。



演者2: 西岡 純(低温科学研究所・環オホーツク観測研究センター)
演題: 海洋への鉄散布実験−その成果と海洋研究における役割―

1980年代後半に、海洋表層の鉄濃度が極低濃度であることが明らかになり、High Nutrient Low Chlorophyll(HNLC) 海域と呼ばれる栄養塩の残存する海域の植物プランクトンは、鉄制限を受けているという「鉄仮説」(Martin, 1990)が注目されるようになった。さらにこの仮説は、HNLC海域に人為的に鉄を供給することによって、植物プランクトン増殖を促進し、海洋生物ポンプ効率を上げ、大気中のCO2濃度を下げようとする地球温暖化対策案にまで発展した。この十数年の間、実際のHNLC海域のプランクトン生態系が鉄の供給に対してどのように応答するかを、実海域レベルで科学的に検証することを目的に、人為的に海洋に鉄を散布して実験系として利用するマニピュレーション実験「鉄散布実験」が精力的に行われてきた。我々の研究グループも北太平洋亜寒帯域において「鉄散布実験」(SEEDS I, II, SERIES)を実施し、鉄供給に対するプランクトン生態系全体の応答を観測することに成功した。これらの実験の結果、海洋の生物生産や物質循環における鉄の重要な役割が明らかになってきた。特に西部北太平洋亜寒帯域は、鉄供給に対する植物プランクトン応答のポテンシャルが他HNLC海域に比べて大きいことが示された。この「鉄散布実験」で試みられた実海域を用いたマニピュレーション実験は、上手く利用していくことで今後の海洋研究を発展させる強力なツールになり得ると考えられる。

コメンテーター: 渡辺 豊(統合環境科学部門 地球温暖化評価分野)・鈴木光次(地球圏科学部門 化学物質循環学分野)



***研究アワーの様子***

  

 


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