NEWS LETTER    第9号 (2005年 夏)


 クロロフィル合成から見た光合成生物の環境適応と多様化に関する研究
    永田 望    ながた のぞむ



 光合成生物は生育している光環境に応じて様々な機能を獲得し、多様な進化をしながら現在の地球環境を作り上げてきました。

 温暖な外洋域に生育しているラン藻Prochlorococcusは、CO2固定を行う基礎生産者として非常に重要な光合成生物で、その基礎生産量は全海洋の8%にもなります。またProchlorococcusは海表面から水深200mという多様な光環境に適応し、光合成色素としてProchlorococcus特有のジビニルクロロフィルbを利用しています。Prochlorococcusが主に生育している水深70m付近は青い短波長側の光しか届かないのですが、このジビニルクロロフィルbは様々なクロロフィルの中でも、青い光を効率よく利用できる性質を持っています。

 Prochlorococcusが普通の光合成生物が持つモノビニルクロロフィルではなくジビニルクロロフィルを持つように進化するにはどのようなことが起こったのでしょうか?私たちは、数多くあるシロイヌナズナ変異株の中から、Prochlorococcusと同じジビニルクロロフィルを蓄積するものを見つけ出し、その原因が3’8-ジビニルプロトクロロフィリドa 8-ビニルレダクターゼ(DVR)というクロロフィル合成の酵素遺伝子に変異が入ったからであることを明らかにしました。そしてDVR遺伝子の配列情報から、Prochlorococcusは近縁のラン藻SynechococcusからDVR遺伝子を失うことによって進化したことを明らかにしました。

 現在、Prochlorococcusは大きく分けて、海表付近の強い光で生育するものと、深い海の弱い光で生育するものがいます。2つの環境に適応した種の大きな違いは、海表面に生育するものはジビニルクロロフィルbの量が非常に少なく、深い海に生育するものはジビニルクロロフルbの量が非常に多いことです。また、ジビニルクロロフィルを蓄積したシロイヌナズナは強い光に非常に弱いという性質を示しました。これらの事実は、ジビニルクロロフィルbを持つProchlorococcusは深い海で誕生し、その後、海表付近の強い光に適応し、進化していった可能性を示唆していると考えています。


左図:上の写真は弱い光で育てたシロイヌナズナ、下が上の植物体を1日間強い光にさらしたもの。

右図:シビニルクロロフィルを蓄積する変異株は強い光の下で急速にしんでしまう。















 気候変動の伴った水循環に向けて
     大島 和裕     おおしま かずひろ



  水は大気、海、陸を循環して、これらの間を繋ぐ物質であり、植生の変化や維持とも密接に関連している。この水循環の気候変化に伴う変化については未解決な部分が多い。北太平洋域や極域について解析すると以下のことがわかった。

  北太平洋上では、冬季に亜熱帯域と日本付近で水蒸気フラックスの発散域となる、すなわち降水量Pより蒸発量Eが多い。一方、夏季には北太平洋上の亜熱帯高気圧が強まり、水蒸気輸送も高気圧性循環となる。その結果、北太平洋東部が発散域,西部が収束域となり、日本付近は収束域でEよりもPが多くなる。このように大気循環の変化に伴って水蒸気輸送が変化し、その結果として大気から地表面への淡水流入量(P-E)が決まる。

  P-Eの変動は、北極海上で海氷の維持・生成に影響を与え(淡水流入量の総量は、約3分の1がP-E、後の3分の2が河川流量である)、南極大陸上で氷床の成長・衰退につながる。北極海と南極大陸上で最近20年のP-Eの年々変動を調べてみると、いずれの極域でも顕著なトレンドはみられず、年毎の変動が大きいことがわかる。この変動はランダムではなく、北極振動(AO)や南極振動(AAO)と関連している。AO/AAOは各極域と中緯度の気圧のシーソー的な変動であり、最も卓越する大気循環の変動モードである。この変動モード(AO/AAO)は年毎に強弱があり、極域の大気循環および水蒸気輸送の偏差を生み出し、P-Eを変化させる。この影響は日本付近にも現れ、北極振動が正のときには日本付近で冬季にP-Eが増え、夏季に減ることがわかった。

  これまで、特に極域に着目して大気水循環を調べてきた。これまでの研究成果を踏まえて、これからは森林生態系のモデルを大気大循環モデルに組み込み、生態系・気候の相互作用の解明および地球温暖化への影響を評価することで、広域な大気陸面間の水循環に対する役割を明らかにしたいと考えている。


図 太平洋上における水蒸気輸送の季節変化(1979〜2001年までの平均値)。
ベクトルは水蒸気フラックス、影をつけた部分はその発散・収束(暖色は発散;PよりもEが多い領域、
寒色は収束;EよりもPが多い領域)を示し、白い等値線は可降水量(水蒸気量)示す。





  本号にはリサーチアシスタントの研究成果を報告しました。3年間で学術誌に論文を発表し学位をとれないと解雇される条件のもとで、必死に研究を進めている若手研究者からの発信です。その思いが伝われば幸いです。