NEWS LETTER    第8号 (2005年 春)


 中緯度海面水温フロントが海上風速に与える影響
    時長 宏樹    ときなが ひろき



  地球温暖化予測に使用されている現在の気候モデルは様々な不確定要因を抱えており、世界各国の気候モデル間で温暖化予測結果に大きなばらつきがあることが知られています。その不確定要因の1つとして、気候モデルが中緯度の気候をうまく再現できていないことが指摘されており、特に中緯度海洋が中緯度の気候に及ぼしている影響については未だ明確には分かっていません。そのため、将来的にはこの影響を気候モデルに組み込むことによって地球温暖化などの気候変動予測の精度が向上すると期待されています。

  人工衛星観測データによると、中緯度海流フロント域の1つであるブラジル海流とマルビーナス海流の混合水域においては、海面水温フロントの冷(暖)水側で海上風速が弱い(強い)という特徴が分かってきました(左図)。この特徴は「息を吹いてお茶を冷ます」というような潜熱放出の原理では説明することができず、この海域において海上風速が海面水温の分布によって変調を受けていることを示唆しています。また、同様な特徴は黒潮続流やメキシコ湾流上でも見られます。さらに、これらの海面水温と海上風速の関係は海面付近の(静的)安定度と密接に関連していることが分かってきました。右図は安定度の指標となる海面水温と海上気温の差を示しています。海面水温と海上気温の差は、暖かいブラジル海流(冷たいマルビーナス海流)の上で大きく(小さく)、海面付近が不安定(安定)になっていることが分かります。大気が不安定な海域では鉛直混合が起こりやすいため、運動量が大きい上層の空気が下層に下りてきて海上風を加速するのに対し、安定な海域では鉛直混合が起こりにくいため、海上風の加速は小さいと考えられます。つまり、海流などによって決められた海面水温分布が大気下層の鉛直安定度を変化させて、海上風速の空間分布に影響を及ぼしていることを示唆しています。


   
図: (左)衛星観測による海面水温(コンター)と海上風(カラー: スカラー風速、ベクトル;ベクトル風速)。
(右)船舶観測による海面水温(コンター)と海面水温と海上気温の差(カラー)。



 寒冷地域に生育するコケ植物の環境応答による凍結ストレス耐性機構の解明
     南 杏鶴     みなみ あんず



  陸上植物は、外界のさまざまな環境変化に適応して生育している。非維管束植物の蘚苔類は、高等植物の生育が困難な高地や寒冷地にも群落を形成する。ツンドラ地域や南極大陸における蘚類の群落は、地表面の温度を下げる断熱効果や永久凍土の融解防止の面から地球温暖化抑制に重要な働きを行っていることが考えられる。植生の分布から蘚苔類が氷点下の凍結ストレス環境に適応していることは明らかだが、生理学的・分子学的レベルで解析した例は少ない。

  本研究では、モデル植物ヒメツリガネゴケを使い、培養条件や処理条件の制御が可能な実験室内での「無菌培養系」を利用することで、蘚苔類の環境応答による凍結耐性(耐凍性)獲得機構を生理学的に評価すること試みた。

  25℃で無菌培養した原糸体細胞の耐凍性(LT50、細胞の50%生存率)は非常に低く-2℃であった。耐凍性上昇を誘導する処理として、ストレス耐性の向上に関わる植物ホルモンのアブシジン酸(ABA)処理の他、高浸透圧や低温処理を行い、耐凍性の変化を調べた。その結果、わずか1日以内のABA、高浸透圧処理で、耐凍性がそれぞれ-10℃、-6℃まで上昇した。一方、低温処理では耐凍性上昇に数日間を有し、0℃7日間処理で耐凍性は-4℃に増加した。これらの耐凍性上昇過程では、ストレス関連遺伝子やタンパク質の発現変化、可溶性糖の蓄積が見られた。さらに、内生ABA量を測定した結果、高浸透圧処理では内生ABA量の増加がみられたが、低温処理期間の内生ABA量は一定であった。これらのことは、ABAを介したストレス応答機構がヒメツリガネゴケの迅速な耐凍性の獲得に重要であることを示している。

  今後、このような系が野外の蘚苔類の耐凍性研究に応用され、蘚苔類のストレス環境への適応能力を生理学的に評価することによって、寒冷地に自生するコケ植物の環境適応機構の理解につながると期待される。


図 ヒメツリガネゴケの耐凍性獲得機構
ストレスにさらされたヒメツリガネゴケ原糸体細胞では、内生アブシジン酸(ABA)の
上昇を介した経路と介さない経路によって生理学的変化が起こり、耐凍性が上昇する。





  私たちは大学地球環境科学研究科を改組し、21世紀COE拠点の軸である「地球温暖化など地球環境の重要課題」への取り組みを、大学院教育に具現化することにしました。新しい大学院として開設した環境科学院は、COE担当教員の多くが参画している「環境起学専攻」を中心にしています。環境科学を起こすことをめざし、研究を通じた教育に専念していきます。