NEWS LETTER    第4号 (2004年 春)


 酸素・水素同位体分析による有機物の起源推定
  関 宰     せき おさむ


 鉄は植物プランクトンの生産に必須の微量栄養塩であり陸上-海洋間の鉄循環は物質循環の研究分野のなかでも重要な研究テーマの一つですが、鉄と並んで重要な研究対象に腐植物質が挙げられます。鉄は水中ではすぐに水酸化鉄になって沈殿してしまいますが、腐植物質と錯体を形成することで溶存態として存在することが出来きます。このように河川水中では腐植物質は鉄のキャリアーとしての働きをするため、腐植物質の起源情報は鉄の物質循環を明らかにする上で重要となります。その重要性にもかかわらず河川水中の腐植物質の詳細な起源ついての研究はそれほど行われていないのが現状です。

 現在私は有機地球化学の分野では最新の研究テーマの有機物の酸素・水素同位体比によるアプローチで陸上有機物の起源推定に取り組んでいます。腐植物質の材料となる植物の酸素・水素同位体比は(1)植物が利用する水の同位体比と(2)湿度によって概ね決まりますが、天水の水循環や植物の蒸発散による水素・酸素同位体比の変動は非常に大きいため植物の生育環境により多様な値を取ることが期待できます。一方、有機物の安定炭素同位体比は植生を反映することが知られています。今年度は北海道大学の雨龍研究林において採取した森林土壌・湿原泥炭・湖堆積物の腐植物質や植物バイオマーカーの酸素・水素同位体比を測定し起源トレーサーとしての有用性の評価を行っています。

 今年から低温科学研究所と総合地球環境科学研究所の共同プロジェクトである北東アジア-アムール川-オホーツク 海の鉄の物質循環の研究(アムール・オホーツク プロジェクト)が立ち上がろうとしています。酸素・水素同位体比による有機物の起源推定は大陸を縦断するような巨大河川ほどその効果を発揮することが期待出来き、このプロジェクト研究において有用なアプローチとなる可能性を持っています。







 高山の多雪環境がもたらす遺伝的多様性メカニズム
  平尾 章     ひらお あきら


 私達の講座のグループでは、北海道・大雪山をフィールドに植物の成長や繁殖成功に関する研究に取り組んでいます。高山の多雪環境では、雪解け時期が植物の生活史スケジュールに大きく影響します。たとえば風衝地では、風によって雪が吹き飛ばされるため春一番に地面が露になり5月下旬には花が咲き出します。一方、雪田などの雪の吹溜まりでは、残雪が植物の生育開始を遅らせるので、8月になってからようやく花が咲き出します。つまり景観特性としての雪解け時期が、生活史スケジュールの異なる個体群をモザイク状に生み出します。こうした異なる個体群を比較することで、野外のフィールドが仮説検証するための実験場になります。

 さて遺伝学的視点から生活史スケジュールの異相をみると、開花期のズレは遺伝子交流の障壁の役割を果たし、遺伝的な分化が期待されます。環境傾度に対応した遺伝変異パターンの検出が自分の研究目的の一つです。生物の多様性は、遺伝子、個体群、群集、生態系などの各レベルにおいて階層的に構成されています。雪解け時期という明瞭な傾度をもつ景観特性を用いて、遺伝子レベルから景観スケールの多様性メカニズムを理解することがこの研究の狙いです。

 過去16年間の観察記録によると、調査地のヒサゴ沼では雪解け日が年々早くなっており、とくに消雪が早い場所での顕著な前倒しが認められています。消雪日の長期的変化は、遺伝変異の空間パターンに影響をもたらすかもしれません。大きな時間軸スケールでのメカニズムを理解する上でも、可能性をもった対象だと捉えて研究を進めたいと考えています。







 14年度開始の拠点である私達の21世紀COEプログラムは中間評価を迎え、いよいよ後半にさしかかりつつあります。心して取り組んでいく所存です。