NEWS LETTER    第15号 (2007年 冬)


 北海道大学「持続可能な発展」国際シンポジウム・ポスター賞の紹介
 
池田 元美    いけだ もとよし


 北海道大学は2006年8月上旬に朝日新聞と共催で、持続可能な世界をめざし国際シンポジウムを開催した。これに先立って東京と札幌で市民シンポジウムも開いた。地球環境の破壊に至ることなく、人々が持続して知的にも社会的にも発展していくことが可能であるかをメインテーマに設定した。市民シンポジウムについての報告は朝日新聞8月23日朝刊に載っている。

 本COEでは、この国際シンポジウムを若手研究者が国際展開していく機会ととらえ、ポストドクターと学生リサーチアシスタントらがポスター発表を行った。優秀ポスター賞を5つのカテゴリーに与えることにした。地球科学分野、生態系学分野、物質科学分野、これらを統合した研究、そしてさらに若年層である修士課程学生という設定である。賞委員会はRalf Greve教授(低温科学研究所)にコーディネートしてもらった。これらに加え、全体の最優秀賞を閲覧者の投票で決めた。

 本号では、受賞ポスターから研究のエッセンスとなる図を集め、研究成果を紹介する。COEが行ってきた研究の一端をつかんで下されば幸いである。
<ポスターセッションの写真>
  








 Subduction at the marginal ice zone in the Antarctic Ocean and its contribution to
 the Antarctic Intermediate Water using a coupled ice-ocean model
     平池 友梨  ひらいけ ゆり



 平池(地球科学分野)は、地球温暖化において熱と二酸化炭素の吸収源となる南極中層水に注目した。海氷海洋結合モデルを用いて、海氷が海洋よりも風応力を大きく受けるために、西風域に位置する氷縁付近でエクマン収束が起こり、表層水が300メートル以深まで下降することを示した。これが中層水形成の一翼を担っているだろう。


(図の説明)海氷海洋結合モデルの350メートル深における鉛直流速。青色は下降流を表わす。












 Molecular Scatology of feline species in the Russian Far East
   杉本 太郎  すぎもと たろう



 杉本(生態系学分野)はロシア極東の沿海州南西部で採集された糞試料からDNAを抽出し、アムールヒョウとシベリアトラを識別することに成功した。目視による調査は困難であり、糞試料から両種の生息域を推定することができる。今後は個体を識別するところまで発展させ、絶滅危惧種の保全に貢献することを目指す。







(図の説明)赤と青はヒョウとトラの試料を集めた場所を示す。















 北海道沿岸域における棘皮動物大量発生のメカニズム
   松浦 裕志  まつうら ひろし

 松浦(物質科学分野)はウニ類の幼生が成体に変態する因子を解明することを目的にした。緑藻アワビモは変態を促進させるために用いられており、これから単離したフェニルアラニンによって、ウニ幼生の変態を誘引することを示した。海洋生態系の環境変化に対する応答を予測する重要なマイルストーンである。


(図の説明)上:ウニ幼生にフェニルアラニンを与えた時の変態進行。下:緑藻アワビモを与えた場合。










 数値モデルによる地球温暖化に対する海洋生態系の変動予測
   橋岡 豪人  はしおか たけと



 橋岡(統合研究)は地球温暖化の進行に伴う海洋生態系の応答をモデルによって明らかにした。顕著な変化は西部太平洋の亜寒帯・亜熱帯境界周辺で、春季ブルーム季に起きる。このため新規生物生産と二酸化炭素固定量が30%減少する。


(図の説明)海洋物理化学生物モデルに地球温暖化の状態にある大気条件を導入し、21世紀末の状態を示した。













 Diversities and abundances of phytoplankton populations in the northwest subtropical Pacific Ocean
    陰  泳o  Eum Young Joon


 Eum(修士学生)は亜熱帯海洋の基礎生産に注目し、顕微鏡で判別することが難しい3ミクロン未満の極微小植物プランクトンを、DNA解析によって同定した。植物プランクトンの多様性が基礎生産量を維持することに貢献している。


(図の説明)植物プランクトンの特定遺伝子をPCR増幅した後、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法を使って、DNAを分離(写真)。その後、遺伝子解析装置で塩基配列を決定した。












 Intraseasonal variability of air sea interaction over the Indian Ocean and its influence on regional and intraseasonal variability of the Indian monsoon
     Roxy. Mathew


 Mathew(最優秀)はアラビア海の大気海洋相互作用を明らかにするため、海面水温と大気境界層のデータを詳細に解析した。時間経過にそって、海上風の弱化、蒸発熱の減少、海面水温の上昇、大気境界層の不安定化、そして降水増加と進行する。このプロセスが数十日周期の変動の鍵となっており、熱帯気候変動のメカニズムを解明する重要な一歩である。

(図の説明)左から、平均状態からの偏差として、海上風、蒸発熱、海面水温、大気境界層の不安定度、降水を示す。赤が増加、青が減少であり、縦軸は緯度、横軸は時間である。



  本号では大学院学生を中心にする若手研究者の国際シンポジウムにおけるポスター賞受賞者に登場してもらいました。10年後に彼らが環境研究を牽引していることを期待して。